マダム・ラゴラと○○タン


その日、天気は快晴で嵐の気配は全く無かった。
そして海には一隻の漁船が浮かんでおり、老人と若者が乗っていた。
いつも通り網を投げ、獲物がそれに充分かかるまで待つという作業を行っていた。
老人はせっかちに海を覗き込む若者を「獲物が逃げるだろう」と注意しながら煙草をふかしている。
ふと、老人はこの落ち着きの無い若者を怖がらせてやろうと、漁師に伝わる伝説を語りだした。
「所でお前、知ってるか?この海は昔から人魚が棲んでると伝わってるんだ。その人魚は大層美しいが、その美貌と歌声で船乗りを
骨抜きにし、廃人にまで追い込むと言われてる恐ろしい怪物だ。
特に歌が強力でな、どんなに良い天気だとしても一瞬で海を荒らすほどの危険なものだ。
もし歌声が聞こえたりしたら、急いで其処から逃げろとまで言われてるんだ。」
じいさんはその人魚を見た事があるんですか、と若者が聞くと、老人は笑いながら「無い」と一言答えた。

もうそろそろ獲物がかかっている頃だろうと老人が立ち上がった時、若者が何かを指差した。
「じいさん、あれって人じゃありませんか?」
見ると、確かに人がいた。後姿だが、体の線が美しく、丸みを帯びたところから若い女と考えられる。
老人は船を近づけようとしたが、ふと先程自分が話した伝説を思い出した。
『この海は昔から人魚が棲んでる』『その人魚は大層美しいが、その美貌と歌声で船乗りを
骨抜きにし、廃人にまで追い込む』『歌声が聞こえたりしたら、急いで逃げろ』
まさか、目の前の女はあの伝説上にしか存在しない人魚ではあるまいな?
そう考えると途端に恐ろしくなり、老人の顔は青くなった。そもそも、此処は海の上だ。何故あんな所に人が立っていられるのだ?!
「今日は塩梅が良くない。帰ろう。」
「でもじいさん、人が…」
「良いんだ。帰ろう。」
若者は老人のただならぬ雰囲気を感じ取り、口を閉ざした。
漁船はゆっくりと方向を変え、女から離れていく。
このまま無事に帰らせてくれ、頼む。私達はお前達人魚に迷惑をかける様な事はしないから、と老人は心の中で必死に祈った。

だが。

―――♪〜
遅かった。若い女が歌い始めたのだ。
途端に、これまであんなに晴れていた空に雲が立ち込め、海は本来の激しさを現しはじめる。
「じいさん!」
若者は明らかに怯えている。当たり前だ、先程まで信じてもいなかった伝説が自分の身に降りかかろうとしているのだから。
「お前も早く漕ぐんだ!急げ!」
老人と若者は二人で一所懸命逃げようとしたが、意思でもあるかの様に海は二人に波を叩きつけ、体から体温を奪う。
歌はだんだん激しさを増し、それに合わせて海や空は荒れ狂い、それに翻弄されて抵抗する気力を失ってしまった。
老人は隣にいた若者が「あっ」と声を出したのを聞いた。
しかし瞬間、若者はすでに老人の隣にはおらず、若者が子供に扱われる人形の様に海に弄ばれるのを見た。
高く投げられ、強く水面に打ち付けられ、海の中に消える時、老人には若者の首が不自然な方向に曲がっている様に見えた。
そして老人もまた海に呑まれ、息苦しさと無念の中で絶命した。

数日後、二人の住んでいた村では葬式が行われていた。偶然かそれとも人魚の悪意か、二人の死体は波打ち際に上がっていたのだ。
海水に浸かっていた為多少傷んではいたが顔は何とか判別出来た。
老人は比較的損傷は少なかったものの、若者の方は首の部分が酷い為、上半身に白布をかけた状態で棺に入った。
葬式の間ずっと老人と若者の家族は怒りに震えていた。この二人は自然災害で死んだのでは無い、人魚にやられたのだ!と。
その日から両家族はお互いに協力して賞金までかけて人魚退治を呼びかけた。
だがそう簡単に人など来ず、まして伝説上の生き物を退治してくれなど無理な話だった。
時々人魚退治に来る者は準備金として賞金の前払いを要求したり、魚の尾を取って「これが自分の退治した人魚の尻尾だ。」と
嘘を吐く者までいた。

しかしある日、人魚の噂を聞きつけたというタン・メェンという青年がやってきた。
武術において非常に腕が立つので、人魚なぞ一捻りだと言った。
村の人や家族はまた冷やかしだろうと思いつつも、退治したあかつきに賞金を与える事を約束した。
タンは海へ漕ぎ出、人魚が来るのを待った。
何時間も、ずっと。
その日現れない時は次の日改めて海へ向かった。
そんなタンの様子に、家族はおろか村の人々も冷やかしだと馬鹿にしなくなった。

ある日の事だった。
「今日も駄目か……。」
とっぷりと日が暮れ、太陽も沈みかけた海で一人落胆したタンが戻ろうとした時だった。
視線の先に人が立っていた。後姿で、その細さから女とわかる。
『もしや人魚か?』
タンの体に緊張が走った。もし相手がそうなら、歌われる前に何とかしないと。
タンは気づかれない様にそっと近づき、後ろから羽交い絞めにしようと腕を伸ばした…。
しかし、人魚は素早く振り返るとタンの顔に海水をかけて海へと飛び込んだ。
「しまった!!」
海水で沁みる目を何とか開けると、目の前に先程の女の顔があった。
目が合い、その瞬間タンは人魚の美しさにドキリとして動けなくなった。その隙に人魚は笑いながらタンの腕を掴み、凄い力で海へと引きずり込む。
このままでは殺される!と思ったタンは得意の武術を駆使して人魚を逆に海から引きずり出し、船に叩きつけようとした。
だが、タンの乗っていた船が突如海から伸びた海水の竜巻に飲み込まれた。
それでもタンは決して人魚の腕を離すまいと必死で掴んでいたが、それに夢中になりすぎて自分が掴んでいるのが海草に変わっていた事などわからなかった。
「あんた、何時まで海草を大事に握ってるんだい?」
人魚だ、と感覚でわかった。でも、あの細い体からは想像出来ないおばさんの様な声だ。
不思議と海水の竜巻の中で息が出来た。視界は水中同様揺らいでいるが、微かにあの人魚らしき形が見える。何となくだが、二回りくらい大きく見える様な?
「おばさんの様な声だなんて失礼な子だねぇ!」
「お前が人魚か!村の人間を二人も殺した殺人人魚め!!」
タンはありったけの怒りを込めて罵倒したが、一笑に付された。
「あたしは歌うだけさ。海も空もあたしの歌に合わせて動くだけ。人間の方が勝手に巻き込まれて死んでいくのさ!」
いよいよ流れが激しくなってきた。このまま放り出されて死ぬのではないかと思った。
「あの二人だってわざわざ流し届けてやったんだから。海が汚れるし、何よりずっと沈んだままは可哀想だろう?あんたは結構良い男だから助けてあげる。
でも、タダでは無理だし、それに私におばさんって言った事も許さないわよ。」

タンが目を覚ますと、そこは船の上だった。
自分の体を確かめるが、特に変わった所はどこにも無い。
「夢だったのか……。」
確かに水中で息が出来るなど、夢でなければおかしい部分もあった。
やはり人魚などいないのだろうか?
水面に自分の姿を映す。一晩で全ての恐怖を味わった様な疲れた顔の自分がそこにいる。
ふと、人魚の笑い声が辺りに響いた気がした。

その途端、体に異変が起こった。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
水面に映る自分の顔が急速に老けていくのがわかる。
手も見る間に皺だらけの骨と筋だけの醜いものになり、黒くしっかりと生えていた毛が一本残らず白くなった。
悲鳴をあげている間、自分の声が歳をとっていくのもわかった。
自分の頭の中からは次々と記憶が消えていく。
家族、友達、故郷、ありとあらゆるものが浮かんで消える。頭がその急激な記憶の消去に耐えられず沸騰しそうになる。
数分にしてすっかり老人となったタンは頭を抱えたままの姿勢で動かなくなった。

青年が乗った船がゆっくりと岸に戻ってきた。
村の人々や老人と若者の家族は良い報せを期待して船を覗き込んだ。
だが、そこにいたのは一人の老人だった。
周りの者は皆不審に思ったが、着ている服があの青年のものであった為、何が起こったのかは言わずもがなだった。
人魚はどうしたと村人の一人が問いかけたが、はて、人魚とはわしは知らんのうと答えた。
「それに自分の名前も思いだせんのじゃ。確か、タン…タン…。」
老人は船から降りると、タン、タンと呟きながら村を去って行ってしまった。

後にその老人は山に篭り、そしてワン・タン仙人として名前を轟かせるのは、別の話だ。


FIN

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