椿×桃香


春は過ぎ、花は散り、山は緑に覆われる。
季節はゆったりと進んでいる、もうすぐ"此処"も雨が多くなるだろう。
遥か遠くまで青く澄み渡る空を見上げ、椿は一歩、深みへ沈む。
腰に絡みつく冷たい水に目を細めて、波立つ水面を両手でそっと掬い、清水を顔へと叩き付けた。
ぱしゃり、という音と共に水滴が弾けた。両手で顔を覆ったままで、暫く立ち尽くす。

「……ふぅ」

零れた溜息は体を伝う水滴を追い、水へ溶ける。
この泉に魚はいない。濁りなく、隠れる場所のない所に魚は住まないというが、その通りなのだろうか。
辺りに生き物の気配がないわけではない、泉の周囲に蛙が居た事もあるし、泉を囲うように立ち並ぶ樹木には鳥達が訪れ、囀っている。
けれど、この泉の中でだけは、生き物を見たことがなかった。
「不思議な所だねえ…」
ではその場所に足を踏み入れ、天気のよい日にはこうして水を浴びに来ている自分は何なのか。

顔を覆っていた両手を再び水に浸し、右手だけを空に掲げた。
日の光は柔らかく白い、その光に透かす手は清水に触れたとはいえ確かな熱を持つ。
「よくもまあこんな所に、アタシのような凡人が入るのを許されてるもんだ…」
何のことはない、椿はただの人間だ。
しかし一糸纏わぬ白の肌、水面に広がる艶やかな黒髪、纏う雰囲気は妖しくも美しい。
泉に浸かるその姿を見るものが居れば、彼女を人外の者と見間違う事もあったかもしれない。
けれど彼女は、この泉に自分以外の人間の姿を見つけた事はなかった。

故あって暮らしていた街を離れ、この山を登った。
幼い頃時折登る機会があったこの山、少女の身に優しい山というわけではなかったが、その頃は共に登り、遊ぶ相手が居た。
今彼女がその身を休めるのに利用している無人の小さな寺も、その時に見つけたものだ。
決して住みよい場所ではない、山賊の類にあったことはないが、獣はそこかしこに居る。
夜は外へ出られるような所でもない、それでもなんの奇跡か、そこで暮らし始めてから今まで、彼女はその身に危険を感じるような出来事に遭遇したことはなかった。
住まう寺も、人が訪れたような形跡のないこの泉も、その周囲もとにかく静かで、此処は異界かと何度も思った。
正直な話、今でも此処は現世ではない、そう思うこともある。
「せめて一人くらい、人の姿でも見つけられりゃあ違うんだろうけどね」
そう言いながらも、彼女は此処での"生活"を楽しんでいる。
誰にも干渉されず、煩わしく感じられる人の風聞を流れ聞く事もなく、静かに流れる時に身を委ね、

――このまま一人朽ちていくのも、悪くない。

…そう、感じていた。

膝を折り、胸元まで水へ浸かる。
冷たい、けれど冷たすぎはしない。なんとも不思議な泉だった。
体から熱が溶け出し、水へ広がる。少し身を上げれば温度差で外気に晒された体の方が熱く、そよぐ風が肌を撫でその熱を攫った。

カサリ…と背後で何かが鳴った。
青々とした葉を着けた枝が風に吹かれて擦れあい、一瞬静寂を掻き乱す。
その音が風の弱まりと共に萎み、再び静寂が訪れた時、

「……誰だい? 覗いているのは」

椿は振り返ることもせず、背後へと言葉を投げかけた。

パキリ、と乾いた音が響く。その音は大きいものではなかったが、静寂に包まれたこの場所では事の他響いて聞こえた。
「感心しないねえ…そもそもこんなおばさんの裸を見ても、楽しくもないだろうに」
「……すみません。そんな、つもりは」
笑いながら飛ばした言葉に返ってきた声、さすがの椿もそれには多少驚き、振り返った。
少し緊張している色が伺えるものの、高く柔らかな歌声のようなそれはまだ若い女性のものだろうと知れた。
別に自分の様な女がここに居るくらいだ、それに疑問を持つことはないのだろうが、"覗かれている"と感じた時から自然、その視線は男性のものだろうと思い込んでいた。
ましてや、

「…おやおや」

振り返った視線の先に、淡く透けて輝く桃色の羽衣を纏った美しい娘が立ち尽くしているなど、想像の域を超えていた。
…いや、本来ならそちらが正しい"存在"なのかもしれない。

「これじゃあ、まるで逆じゃないか」

その娘は纏う雰囲気からして、既に"違って"いた。
端的に言うならまさしく"天女"。

「普通なら…アンタがこの泉に浸かっていて、こっちがそれを覗くもんだろう…?」
「……そうなのですか?」
「いや、馬鹿正直に受け止められても困っちまうんだけどね」
「………すみません」
「謝ることじゃあ、ないけどさ」

深くはない水を掻き分けながら、椿は陸へと向かう。
何の迷いもなく泉から上がれば濡れた黒髪があちこちへ張り付き、申し訳程度に身を隠した。
「あ…」
「なに赤くなってるんだい、女の裸見たって照れるようなものじゃないだろうに」
薄く頬を赤らめた娘に向かって、椿は苦笑して肩をすくめた。
「い、いえ…その」
目のやり場に困る、といった感じで娘はちらちらと視線を逸らす。その初々しい姿が微笑ましく思えた。

「此処はアンタの縄張りだったかい?」
「え?」
戸惑っていたかと思えば目を丸くしてこちらを凝視する。
整った顔立ちに浮かぶ表情は豊かという訳ではなかったが、優しそうな色を称えた瞳だけはよく動いた。
椿の質問が理解できなかったのか、何度か瞬きを繰り返しながらも無言のままだ。
「この泉は、アンタが良く来る場所だったかい、って事さ」
「あ…いえ、わたしは…ここに来るのは初めてです」
「おやまあ」
「ですから、その…勝手に入ってしまったこと、お許しください」
「………いや別に、うちの縄張りって訳でもないしねえ…やけに人気がないだけでさ」
言いながら椿は娘の横を通り抜け、木にかけていた綿布で体を簡単に拭う。
さすがに濡れた体を長時間風に晒すのは体に悪い。
「水浴びなら、自由にしたらいいさ。此処は他にあんまり人も来ないみたいだからね、暴漢に襲われることもないだろうさ」
「あ…ええと」
戸惑う娘に構わず、椿は言葉を続ける。
「アタシはね、椿って言うんだ」
「椿…様ですか」
「よしとくれよ柄でもない。で、アンタは?」
同じく木にかけてあった白の衣を身に纏いながら、椿は娘を振り返る。
「わたしは…タオシャンと申します」
「タオシャン…? 聞き慣れない名前だね、まあ見た所天女様かい? となればそんなものかね」
「そんな、大したものではないですが…桃の香と書きます」
「へえ…アンタも、樹の名前を持ってるんだね。というか否定しないって事はやっぱりアンタ、天女様なのかい」
前をあわせ、帯を締める。
何の飾り気もない自分の衣装、目の前に立つタオシャンの姿が慎ましやかながらも華やかな色を帯びているだけに、その違いが際立つ。
「そう呼ばれることも、ありますね…」
「随分殊勝なもんだねえ、みんなアンタみたいなのかい、天女様って」
「よくわかりませんけれど、友人にからかわれることはありますね…大人しすぎると」
「まったくだよ。…さてと、タオシャン?」
「はい?」
髪も結わえ、完全に身なりを整えると、椿は空を仰ぎ見た。
「もうすぐ日が暮れるけど、水浴びして帰るのかい?」
「…ああ、もうそんな時間ですか。どうしましょう」
「天女様なら夜の危険とかもないんだろうけど、なんなら」
椿は視線だけで、山の奥を示してみせる。
タオシャンは律儀にそれを追って、山道を見た。
「うちにでも寄っていくかい、天女様を迎えられるような綺麗な場所でもないけどね」
「え…」
言いながら椿は心中で苦笑していた。

人との関わりを避けて此処へ篭り、一人朽ちることを望んでいたはずなのに。

「よろしいのですか?」
「ああ、アンタが構わないのならね」

自分は目の前にいる娘と、もう少し共に時を過ごしたいと感じている。

「それなら…お言葉に甘えさせていただきます」
「はいはい、で、水浴びはするのかい」
「もう、日が暮れますから…」
「そりゃ尤もだね、じゃあ行こうか」

それはきっと、相手が"人"ではないからだと。
どうせそう長くはこの娘も此処には留まらないだろうし、久しく自分以外の"人”と出会った。たまには短い時を僅かに色づかせて過ごすのも悪くはないだろう…その時はそう思っていた。


そうしてタオシャンを迎えてから、"一月"が経とうとしていた。

「……天女様ってのは、ずっと人の所に居てもいいものなのかい?」
ここのところずっと抱いていた疑問を遂に、隣で水を浴びるタオシャンに投げかけてみる。
「良いことではないかもしれません」
「随分あっさりと言うもんだねえ…問題じゃないか」
今日も心地よい風が吹く快晴の日。
水に濡れたタオシャンの紫の髪が日の光を受けて煌く。
同性の椿から見ても、その姿は美しく、一月の付き合いで知った性格への印象からか、可愛らしくもあり。
「戻らなくて、いいのかい」
「…心配は、されているかもしれません」
つい後ろから抱きしめたくなるのだが、なんとなく躊躇われて踏みとどまっていた。
「お邪魔、ですか」
「ん…?」
髪を絡めながら手を組み、不安げにこちらを見つめてくるタオシャンに、椿は一瞬戸惑った。
その戸惑いの理由は良くわからなかったが、今はそれよりも、
「そういうわけじゃあ、ないさ」
寧ろ留まっていられるものならば、と考える思考が漏れないよう、抑えるのに必死だった。


「…娘と言えば通じそうな位じゃないか」
暗い天井を見上げて呟く。
ちら、と隣に視線をやれば、タオシャンがすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。
「…こうしてると、普通の人間に見えちまうから困ったもんだ」
布団に身を横たえ、眠る天女の姿というものはなんとも奇妙だ。
それが相応しい場所ならいざ知らず、ここは古ぼけた無人の寺。そこかしこに傷みも来ている。
おおよそ天女の居る場所とは思えない、しかし隣で眠る彼女は間違いなく人ではない。本人も隠すことなくそういっているのだから、疑う余地もない。
「それよりも困ったもんなのは、アタシだろうけどねえ…」
視線を逸らし、固く目を閉じる。
耳をくすぐる寝息を出来る限り感じ取らないように、タオシャンに背を向けた。
「全く、いつからアタシは女相手に胸騒がせるような奴になったのかね」
一人ごち、苦笑する。
そう、この一月タオシャンと生活を共にしてから、少しずつ椿の中で何かが変わっていった。

初めは旅の空の下、偶然であった旅人同士のような関係だったと思う。
一日で帰ることのなかったタオシャンに、少しずつ情が芽生えたのは確かだ。
しかしそれでも自分の年と彼女の姿を照らし合わせれば、自然娘の様な存在だと思えるような、そんな情だった。
実際の所、天女である以上タオシャンの方が自分より長く生きている可能性はあったが、それを確かめたことはない。
そしてまた時が流れ、一週間、二週間と経っていく中、何故だろうか、

「…そりゃ、出来ることならね」

自分の傍から離れて欲しくない存在になっていた。
単純に、寂しさもあったのだろう。
人との関わりを断ってそれなりの時が経っている。
人と触れていない間はなんともなかった、しかしそこにタオシャンが現れた。しかも人ではなく、天女だという。
どちらかといえば鈍く、ぼんやりしている印象の方が強い。
けれど子供のように純粋で、それこそ娘の様に椿を慕ってくれた、その理由はわからなかったけれど。
その姿が愛しく、可愛らしく、そんな感情が少しずつ親子の情というものではないものへ変わっていくのを感じ取ってしまった。

笑えない冗談だ、と思った。
この感情を一言で言い表すなら、それは――

「ああ、駄目だ駄目だ、全く…」

それ以上は考えない、言葉にしてしまったらもう目の逸らしようがない気がした。
「年甲斐もなく、何はしゃいで居るんだかね…」
溜息をつきながらそう呟いた時、背中にふわりと触れるものがあった。
「………タオ?」
「…椿様、眠れないのですか?」
共に過ごし始めてから暫くして、椿は彼女のことを"タオ"と呼ぶようになっていた。
自然縮めて呼んでしまったのだが、事の他彼女が喜びに顔をほころばせたのを覚えている。
逆に、何度窘めてもタオシャンが椿の事を"様"付けで呼ぶのをやめることはなかった。
暫く後には諦め、今ではもう慣れている。
「まあ…そうだねえ」
「わたしの、せいですか?」
「……どうなん、だろうねえ」
背に触れるのはタオシャンの腕と頬。温かな熱が心地よく、目を閉じれば眠れそうな気がした。
しかし小さくざわめいた胸の奥がむず痒く、椿は眉をひそめる。
この感情の正体は多分知っている、けれど見たくない。そしてその感情を呼び覚ます原因となっているのは確かに、背後に居る彼女のせいで。
それが嫌だという訳ではなかったが、誤魔化すということが何故か出来なかった。


「椿様…お邪魔なら、明日にでもわたしは」
「…出て行くのかい?」
「椿様の御機嫌が、わたしのせいで損なわれてしまうのなら、わたしは此処にいるべきではありません」
「言った筈だよタオ。アタシはアンタが邪魔なわけじゃない」
その心は真実だ。出来ることならば、まだ傍に、ずっと傍に。そう願っているのは疑いようもない。
「でも…」
「タオ」
なおも言いよどむタオシャンに、身を転じて向き合う。その頬に触れそうになる手だけは、抑えながら。
「アタシはアンタと居るのが楽しいよ、けどアンタは帰らなきゃならないかもしれない」
「……」
「だとしたら、アタシの我侭でアンタを引き止めるわけにはいかないだろう?」
そう、自分本位な理由だけで彼女を繋ぎ止めるのなら問題外だ。
タオシャンは人の世に在る存在ではなく、帰る場所がある、心配している仲間も居るだろう。――己と違って。
「わたしは…」
ぐい、と袖を引かれた。思わず揺らいだ体が引き寄せられ、視界一杯にタオシャンの顔が映る。
「…わたしも、椿様と居るのが、楽しいのです」
「…そうかい、けどね、タオ」
「わたしは…っ、確かに…帰らなければなりません、けれど」
「……」
「けれど…」

そういって、タオはうつむいてしまう。
その目の端にうっすら光るものがある気がするのは、気のせいか。

「……羽衣を」
「…ん?」
「羽衣を、隠してくださいませんか、椿様」
「……なんだって?」

思いがけない懇願に、さしもの椿も思考が停止するのを感じた。


語り継がれる民話にもあったような話。
水浴びをしていた天女は、傍を通りかかった男に羽衣を隠され天へ帰ることが出来なくなった。
隠された羽衣を見つけ出して再び天へ帰るまでに、その男と共に暮らし続けたという。
そんな、形は多少違えど、誰もが知っているような御伽噺。
どうやらそれは、全くの夢物語というわけでも、ないらしい。


「…そうすれば、わたしは帰ることが出来ません」
「タオ、何を言ってるんだい」
「仲間達はきっと、心配でも…怖くて降りてはこないと思います」
「ちょっと待つんだよ、落ち着きなさいな」
「わたしは、もう…」

上げた顔から、一滴零れた光は、見間違いではない。

「大切な人の傍を、自ら離れたくない…!」


「………」
椿は、なんとなくその言葉の裏にあるタオシャンの昔を窺い知れた。
鈍く、幼く見えるこの娘も、人並みに恋に落ち、それがどういう形かはわからないが、悲しい終わり方を迎えたことがあったのだろう。
そんなことを窺わせる表情だった。
哀れだとかそういう感情は、全く生まれなかったわけではない。
けれどそれよりも、

「タオ…アンタまさか」
今タオシャンが言った言葉に秘められた、もうひとつの意。
「おかしい、ですよね…椿様は人間で…わたしと同じ女性で」
椿の胸を騒がせ、しかし認めるつもりもなかった"感情"。
「けど、わたし、どうしてでしょう…泉でお会いしたあの日から、段々…」
この一月、何をそんなに彼女に与えていただろう。
「椿様のことが」
この一月、何をそんなに彼女から与えられていたのだろう?
「す…えっ?」

互いに想いが芽生えるほどに、何がそんなに。

「椿…様?」
抱き締めた体は思っていたよりも細く、柔らかかった。
鼻腔を掠める甘い香はその名前の通り、桃の香を思わせた。
「あーあ…参ったねえ、困ったもんだ、本当に…」
「えっと、椿様…?」
「アンタみたいな小娘に、先に全部言わせたんじゃあねえ…ちょっとアタシの面目が立たないというか」
「え…」
「惚れた理由なんざ、どうでもいいのかもしれないねぇ」
「えっ…?」
腕の中で、タオシャンの鼓動が跳ねた気がした。
「ちょっとだけ、悔しいねえ。アタシよりも先に、アンタの気持ちを奪った男が居たって言うのが」
「あ…」
顔を赤らめたタオシャンに、椿は苦笑してみせた。
「タオ?」
「はい」
「いいんだね? それで」
「……椿様は、よろしいのですか?」
「アンタ、鈍いのかわかってて言ってからかってるのか、どっちだい」
「そんな、わたしはからかってなんて…!」
「だろうねぇ…はあ困ったもんだ。タオ?」
絡めた腕を解いて、頬を挟み込む。既にうっすら赤らんでいた顔が、さらに赤味を帯びていった。

「アタシはねえ、なんでかなんてわからないけどね…アンタに惚れちまったみたいだよ」

言葉を失ったタオシャンの顔が真っ赤になる様を、椿は笑いながら見つめていた。


羽衣を隠す必要など、本当はない。
けれど、そうする事で"帰らなければならない"…そんな、いうなれば"帰巣本能"のようなものを抑えたい、そうタオシャンは言った。
だから椿はタオの願うとおりに彼女の羽衣を"奪い"、隠した。
夜が明けてからでいいだろうという椿に、タオシャンは頑なに今すぐであることを願い続けた。
本当に、"帰巣本能"というものがあるのかもしれないなと、椿はその願いを聞き入れた。

「隠したっていえるかもわからないけどね…もういいよ、タオ」
「…はい」
隠した場所が少しでもわからないようにと目を覆わせていた布を、タオシャンはゆっくりと外した。
「本当に、よかったんだね」
「はい」
「…そうかい」

タオシャンの隣に腰を下ろしながら、椿は息をついた。

今は不思議なくらいに心が落ち着いていた。
ずっと抑えていたものを、見なかったものを外に出したからなのだろうか。
タオシャンが傍に居る、まだ隣に居る、それが酷く安心できる事実で、椿は天井を見上げて目を細めた。
「……椿様」
その手に、温かな手が乗せられた。誰のものかなど確認するまでもない。
「ありがとう、ございます」
「礼を言われるようなことじゃ、ないさ…アタシも望んだことだからね」
今度は、肩に重み。預けられた頭に手を伸ばし、撫でる。
「……」
ふとそちらを見やれば、心地よさそうに目を閉じているタオシャンの顔があった。
その表情に、ほんの少し、心がざわめく。
「……アタシに、そんな気があるとはねえ…」
色恋沙汰からは離れて久しい、もう二度とすることもないと思っていた。
ましてや自分と同じ女性相手、しかも人ではなく天女である。こんな事になるなどとは予想できるものでもない。
「…はい?」
「なんでもないよ…眠くないのかい」
「…はい、なんだか、目がさえてしまって」
「そうかい…」

暫く頭を撫で続けながら、何もない壁を見つめ続ける。
不意に、タオシャンが身を震わせた。
「寒いのかい」
「いえ、違います…よく、わかりません」
慣れない状態に落ち着かないのだろう、不安におびえる子供のように、その身を摺り寄せてくる。


とくんとくんと、小さかった鼓動が少しずつ大きく響いてきた。
既に想いは自覚し、相手の想いすら確認してしまった。
その事実が、今急速に理解の域に及んできていた。
「…いや、いくらなんでも、ねえ」
「…え?」
「……」
椿の呟きに上げてきた顔が愛らしい。かち合った視線が逸らせず、自然に動く手を止めることが出来なかった。
「椿、様?」
呼びかけに言葉では答えず、椿は己の唇でその小さな唇を塞ぐ。
「―――っ」
息を呑んだタオシャンの体が強張り、背が伸びた。
「…びっくりしたかい」
触れたのは、ただ一瞬。
固まったタオシャンの表情が、少しおかしかった。
「は…」
たっぷり5秒、間をおいて、
「はい…」
ようやく返事が、返って来た。
その反応に、椿は小首を傾げる。
「タオ、アンタまさか接吻もしたことがないんじゃないだろうね」
「………今、しました」
「そうかい…って、そうじゃないだろう」
素なのか狙っているのかわからない発言に思わず突っ込みを入れながら、椿はその事実に僅かながら眩暈を覚えた。
「…アンタ、好きな男が居たんだろう」
「……いました、けど」
そういえば彼女は大切な人の傍から"自ら"離れたくない、そう言っていた。つまり…。
「片思い止まりかい…参ったね」
「…駄目ですか?」
「いや、駄目って言うわけじゃないんだけどね…?」
よもやこの年になってから女性との色恋に落ち、しかもその相手が身も心も純粋極まりないとは。
接吻もしたことがない娘が、その先を"知っている"などとは当然思えなかった。

「…でも、恋に落ちた男女がどうあるかくらいは、知っています」
「それはそれで、厄介だと思わないかい」
「………そうでしょうか、やっぱり」
「いや、アンタらしいといえばアンタらしいんだけどね…?」

困ったものだと思いながらも、自分の中でもう一つの感情が芽生えていくのを椿は感じた。
ある意味そちらの方が寄り自分らしい気さえしたが、余りに純粋なタオシャン相手に躊躇いが生じるのも確かだった。

「タオ、無理やりでもいいから、もう寝るかい」
「……眠れないような、気がします」
「…ああ、アタシもだよ」
観念、という二文字が脳裏に浮かぶ。いや、それは本当に観念なのだろうか。
「…タオ」
「…はい」
心が騒ぐ、触れたい想いと理性のせめぎ合い。
女性相手にそういう意味で触れ合ったことはない、それなのに、
「アタシはどうやら、アンタを抱きたいみたいだよ」
「……」
その願望は、はっきりと形になって胸に生まれている。
「……怖いだろう?」
「少し…ですが」
その恐怖に躊躇ったまま、眠ってくれれば抑えも効こうものを。
「椿様になら、わたし」
わかりやすい言葉で受け入れられようものなら、抑えるべきものなど、もう何もないではないか。

「何をされても、構いません」

ぎゅっとつかまれた袖と、うっすら濡れた瞳で見上げられると共に紡がれた言葉に、

「……そうかい」

理性を繋ぎとめていた何かが、止めを刺された。


しゃらりと衣擦れの音がして、肩が軽くなる。
タオシャンから少し離れ、自分の衣を脱ぎ去ると、夜の空気が僅かに火照った体に心地よかった。
振り返るとタオシャンが顔を赤らめながら、こちらの様子を窺っている。
その様ははじめてあったときのそれを思い出させた。初々しく、可愛らしい。
自分も衣を脱ぐか迷っているのだろう、全てを取り去った椿は座ったままタオシャンに向き直ると、手を差し伸べた。
「おいで、タオ」
「…あ」
「無理するこたないよ、恥ずかしいならアタシが脱がせて上げるから」
「………は、はい」
それはそれで恥ずかしいだろうが、そこまで理解が及ぶほど冷静でもないだろう。
椿自身はこういう時できる限り身軽でいたい性質らしい、故に先に裸になったが、タオシャンは何もかもが初めてだ、恥じらいが全てに勝って当然だろう。
おずおずと伸ばされた手が触れると同時に、その軽い体を抱き寄せた。
「あ…っ」
「嫌だったら、言うんだよ」
「は、はい……――っ!」
見上げてきた瞳が椿の表情を捉えるより早く、奪われた唇にタオシャンは思わず目を閉じ、固く口を閉ざしてしまう。
「タオ、力、抜きな」
「え…んっ!」
一瞬離れた唇から紡がれた言葉に虚を突かれ、緩んだ口元を見逃さず椿は舌を差し入れる。
「んん…っ」
「…っ」
互いにかかる吐息は熱く、絡まる舌は冷たく。
動けないタオシャンに椿は容赦なく舌を絡ませる。
「ふ…はぁっ…」
どれくらいそうしていたのか、ようやく離れた舌先から細く糸が伸び二人を暫しの間繋いだ。
「は……はあ…っ」
「これくらいで参ってちゃあ、後が続かないよ?」
椿は妖艶な笑みを浮かべてタオシャンを見下ろした。
その表情には余裕があり、この状況を楽しんでいることが知れる。
椿自身、そんな自分に多少の驚きを感じながらも、それ以上に本能が突き動かす衝動を心地いいとさえ感じていた。
「だ、大丈夫、です…」
「そうかい…じゃあ、遠慮しないよ」
「はい…って…えっ…あ!?」
耳に触れたひやりとした感覚に、タオシャンは思わず身震いする。
「あ…っ、椿様…何を…?」
「何って…一々言うことでもないだろう?」
「あう…っ」
耳からくすぐったさが全身をめぐっていく。椿の舌が這っているのだと理解するのに少し時間を要した。
「恋に落ちた男女がどうあるかは知ってても…その詳細を知ってるわけじゃあ、ないだろうからねえ」
椿とて、女同士の経験があるわけではない。それでも"何をしたらいいのか、何がしたいのか"というものは理解できた。
「あう…く、くすぐったいです…」
「我慢するんだよ、アンタが望んだことだろう…?」
「…は…い…ぁっ」
冷たい舌は耳から首筋へ移動する。粟立つ肌は肩から衣を下ろして行く手を感じ取り、体全体を強張らせた。
「力は抜きなさいって。…後、我慢しなくていいからね?」
「え、何を……っあ!」
椿はずり下ろした衣の下に隠れていた白い肌に吸い付いた。
肩から鎖骨へ、時折舌を這わせながら赤い痕をつけていく。
「や…、ぁっ」
「タオは白いから、少しでも目立つねえ…」
「椿様だって…白いです」
「まあね…けど、アンタの白さは病的だよ…綺麗だけどね」
「あぅ…」
点々と痕をつけながら、衣を脱がせ続ける。
やがてすっかり前ははだけ、やや小振りな胸が顔を覗かせた。


「可愛らしい胸だね」
「あ、あんまり見られると恥ずかしいです、椿様」
「なに言ってるんだい、見るだけに留まるもんじゃなし」
「え…、ぁんっ!」
不意に乳房を柔らかく掴まれて、思わず漏れた言葉にタオシャンは口を押さえた。
「ほら、抑えなくていいって言っただろう?」
「あ…でも…っ」
「ほら、離すんだよ」
「…っ、ぁあ…?」
左手で口元に当てた手をはがされながら、右手で左の胸を撫でられる。
「や…くすぐったい、です…っ」
「だろうね…いいんだよ、それで」
固くなってきた胸の先を、椿は軽く引っかいて見せた。
高い声と共に、タオシャンが背中を仰け反らす。
「可愛いねえ、反応が一々…」
「そ、そんなこと…あぁっ!」
まだ触れられていない右の胸に舌を這わされ、先を吸われる。
左の胸は撫で続けられ、背筋が震えるのが少し怖い。
「や…椿様…っ」
「大丈夫だよ、タオ…楽にしてるんだよ」
言いながら、椿は衣を剥ぎ取りきったその体をゆっくり押し倒し、布団に横たえた。
紫の髪が広がり、柔らかく扇状の軌跡を描く。
見下ろすタオシャンの体は細く、儚げだ。触れ続けていても、今すぐにでも消えてしまいそうで怖かった。
だからそうならないように、椿はその体に覆い被さる。
「ん…っ」
その重みにタオシャンは目を細めた。
伝わる熱が心地よかった、確かな存在を伝える重みが嬉しいのか。
「椿様…っ」
思わず椿の背に腕を回す。椿はそれに答えて再び唇を重ねた。
絡めた舌は、今度は互いに互いを求め合い、蠢く。


「あ…あ」
再び胸に小さな花弁を散らしていく椿の頭を抱きながら、タオシャンは体の奥からこみ上げるむず痒さに身を捩った。
「椿様…わたし…」
「……どうしたんだい」
「よく、わかりません…なんだかものすごく、もどかしくて」
「…ふぅん…それは、ここがかい?」
「え…っ…ぁあっ!!?」
ぬるり、とした感覚が下腹部に走った。
それが何かを理解するよりも、強烈に襲ってきた感覚にタオシャンは思わず小さく開いていた足を閉じる。
「タオ、閉じたら駄目じゃないか」
「だ…だって、そんな…今…」
「もどかしさをどうにかしてあげるから、言うこと聞くんだよ」
「…あ、あう…っ」
細められた瞳に射竦められ、タオシャンは再び足を開く。
その動きは恥ずかしさに酷く緩慢なものだったが、椿にとってはその行為も本能を突き動かす燃料になる。
「大丈夫だから、力抜いてそのままにしてるんだよ…」
言いながら、椿は濡れそぼったそこへと指を這わせた。
くち、という音と共にタオシャンの背が仰け反る。
「あ…っや…ぁ」
それでも足は閉じまいと必死に布団を握り締めて誤魔化す姿に、椿は体温がどんどん上がっていくのを感じた。
「ああ、本当にまさか、自分にこんな気があったとはね…」
「え…?」
「いいや…可愛いよ、タオ」
「あ…あうっ」
自分の秘所から響く水音に、タオシャンは顔を赤らめて横に逸らす。
椿はそれをちらりと確認すると、少し膨れ上がった芽を指の腹で撫でた。
「あ…ぅあ!」
「出来るだけ慣らさないとね、指とはいえ…初めてじゃあ痛いだろうからねえ」
「や…ああ…椿様っ…!」
何度か芽を擦り上げながら、時折ほんの少しだけ指を埋める。
その度に僅かに表情をゆがめるタオシャンに、椿は小さく息をついた。
「やっぱり、これだけじゃあ駄目だね…」
「え…あ…っ!?」
視界から消えた椿の頭に不安が掠めるより早く、腰から背筋を駆け上がってきた白い感覚に起き掛けた体が沈む。
「や…そんな、椿様…っ、駄目です…っ」
響く水音が耳をも犯し、その音を響かせている椿の舌と自分自身のそこがどうなっているのかを、ありありと脳裏に浮かばせた。
「や…あ、ああっ…!」
舐られ、時折小さく吸い上げられ、タオシャンの頭の中を白い明滅が支配していく。
「つばき、さまあっ…!」
その明滅が点から線へ、そして線から面へ範囲を広げ、完全に白が支配する直前――
「は…あっ…!…ぅ…?」
不意に、体を駆け上がってくる快感が止んだ。


「あ…うっ」
「大丈夫かい、タオ?」
見下ろしてきた椿の顔に浮かぶのは、意地悪な笑み。
「…うぅ…っ」
抗議の言葉を上げようにも、上手く思考が回らない。
時折快楽の名残が体をびくつかせるものの、最後の一押しには至らない。
「つばき…さまぁ…」
「なんだい?」
ちろ、と見えた椿の赤い舌が、同じく赤い唇を這う。
獲物を目にした獣のようにさえ見えるその行為に、タオシャンは小さく体が震えるのを感じた。
しかしそれは、決して恐怖から来るものではなく。
「わたし、もう…」
「ああ、限界かい?」
鋭く見据えてくる瞳に焦がれ、捕らわれるのを望み、今その願いが叶いつつある事に対する喜びが確かにあり。
「はあ…っ」
震える腕がどうにか持ち上がる、そのまま背に回して力なくしがみついた。
「力、抜いてるんだよ…止めて欲しかったら、ちゃんと言いな?」
「あ…んっ…!」
再び、下腹部に痺れに似た快感が走る。
膨れた芽を撫でながら、椿の細い指が少しずつ、タオシャンの内に埋もれていった。
「あ…ああっ…っ」
そこは初めに比べれば大分柔らかく解れているだろうと思えた、しかしやはり異物を迎えるのは初めてなのだろう。
「自分で慰めることなんて、したことないだろうしね…」
その違和感に、痛みを感じていないはずはない。しかしタオシャンは苦痛の言葉を紡ぐことはなく、強張りそうになる体を椿にしがみつくことで、どうにか緩めようとしていた。
その姿がいとおしく、椿は上を向く胸の先へと柔らかく噛み付いた。
「ひゃ…あっ」
一段と高い声が椿の鼓膜を叩く。
溢れる蜜がその量を増し、椿の指の動きを助け、タオシャンへの苦痛を和らげていく。
「タオ…」
「あ、ああ、っ、椿様っ…!」
ゆっくりと進む侵略はついに椿の中指と薬指を根元まで埋めるに至る。
椿はそこで一度息をつき、しばらくその場所で絡み付いてくるタオシャンの中を堪能した。
「あ…はあっ、つばき、さまっ…なんだか、変なかんじが…」
「動かすよ、タオ。声、我慢しなくて良いんだからね」
「は…い……っ! ふぁ、あっ…!!」
椿はゆっくりと、しかし少しずつ速度も強さも上げながら、タオシャンの中を擦り上げ始める。
「や、あ…っ、つばきさま…っ!!」
内から責めてくる未知の感覚に、タオシャンは思わず首を振った。
逃れたいわけではない、けれどじっとしていることが出来ない。
「気持ち良いのかい、タオ?」
そう問われれば、その感覚が"心地よいもの"なのかもしれない、そう思えた。
「あ…うっ、は、はい…っ」
そしてそれを認めれば、痛みは消えずとも確かにそこに混じる快感を感じ取れる。
「そうかい…良かったよ、痛いだけじゃなくて…!」
「や、ああっ…!!!」
椿はこれ以上は内に埋もれるとも思えない指を、更に奥まで抉らんとねじ込む。
タオシャンの背は大きく仰け反り、目の前に差し出された白い肌に椿は舌を這わせ続けた。
タオシャンの中が椿の指を締め付けていく、真の限界が近いのだろうと椿には知れた。
「あぁ…も、もう…なんだか…わたし…っ!」
「ああ、良いよ。何も考えなくて良い…!」
「つばき、さまあっ…!!!」
「は…っ」
必死にもがくタオシャンの腕が再び椿の頭を抱く。
椿はタオシャンの胸に抱かれるとほぼ同時に、絡みつく中を押し広げ、より強く深く、突き上げた。
「ひ…あぁああああっ―――!!!!」
背骨から押し出された白い光が、熱を伴ってタオシャンの全身を焼く。
びくん、と強張った体が重力に従って沈むと共に、彼女の意識も闇に沈んだ――。


触れる体は余りに細く軽く。目が覚めれば消えているのではないか…そんな気がした。
だから眠りたくはなかった。先に意識を失ったタオシャンの寝顔を見つめながら、朝を迎えるつもりだった。
けれど、久方ぶりの情事、しかも自分とて経験したことのないことに体が疲れていないわけもなく。
隣にある温もりが心地よく、睡眠へと彼女を捕らえていく事から逃れるのは容易ではなく…気がつけば椿も意識を手放していた。

そして、次に目を覚ました時、目の前に柔らかく微笑む娘の姿はなく。
「……タオ?」
それを理解すると同時に、椿は跳ね起きた。
「タオ…! どこだい! まさか…」
天女と人間の恋は、普通に考えれば禁忌的なものだろう、ましてや自分と彼女は性別すら同じ。
そんな二人を、世界が許すはずはなかったのだろうか。
「タオ…!」
着るものを手に取ることすら忘れ、椿は寺の外へと走った。…いや、走りかけた。
「……魚?」
外庭を望むことが出来る廊下。そこへ飛び出した瞬間、鼻を掠める香があった。
「…タオ?」
「あ…っ、おはようございます、椿様…って」
廊下の奥から現れたタオシャンは、一糸纏わぬ姿のままの椿に言葉を失って直立したまま固まった。
手にしている膳を取り落とさなかったのは奇跡かもしれない。
「あ、えっと…その」
赤くなって行く顔、視線が忙しくなくあちこちに移動する。
「泉の傍に、川がありますよね。あそこに、魚がいて…」
椿は暫くそんなタオシャンを見つめていたが、我に返ると彼女に歩み寄った。
「わたし達は余り魚とかは食べたことがないんですが、その、人間はこういうものの方が好みでしょうか、と…」
「タオ」
「は、はい!」
「……おはよう」
「おはよう…ございます」
叱られると思ったのだろうか、タオシャンがその場にへたり込む。
椿はその手から膳を取り上げ傍らに置くと、タオシャンを抱き締めた。
「あ…」
「あんまり…驚かせないどくれ」
「ごめんな、さい」
「いいや…有難うね、朝餉まで」
「これくらいしか、わたしにできることはありませんから」
「馬鹿言うんじゃないよ」
椿はそっと身を離し、頬を挟む。
「傍に居てくれるだけだって、十分さ」
「…はい」
椿がそっと口付けると、タオシャンは思わず身を摺り寄せた。
「…ですが、椿様」
「なんだい」
長くない口付けから離れると、タオシャンは椿の頭からゆっくり視線を下ろし、
「その、できれば…わたしも余り驚かせないで、ください」
「…ああ、いい加減、着ようかね…」

急に知覚されだした外気に小さく震えると、タオシャンが更に擦り寄ってくる。
その温かさに目を細めながら、椿は空を仰ぎ見た。
今日もまた天気が良い、泉で水を浴びるには絶好の日和だろう。
遠く遠く空の上、タオシャンが帰るべき場所があるのかもしれない先を見つめながら、来るかもしれない迎えに心が僅かに波立つ。
椿自身の過去もまだ、心のどこかで燻っていて、一人で朽ちようとしていた心は捨て切れていない。
その全てが解決される事があるとして、それまでにどれほどの時間がかかるかはわからない、けれど、

「タオ、今日も泉に行こうか…」
「はい、わたし、椿様と水浴びするのは大好きです」
「そうかい、そりゃよかった」

人でない彼女と、そんな彼女に見初められた自分ならば、
長く永きを過ごすその過程で、いつかは叶えられるだろうと、心のどこかで、確信していた。

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