御社の娘。


「さーてぇ☆今月も家内安全と健康でいいの?」
ここは小波山(しょうはざん)椎江洲色派萌保神社(しいえすいろはほうぽじんじゃ)。
先祖代々のおやしろで、ワタシの修行先でもあるのです。
この家に生まれた女の子は、巫女見習いとして何年かの間一人でおやしろをまかされるっていうきびしーい伝統があるの。

「いやぁ…みここちゃん。今回はのぅ、孫のらいぶの成功祈願をと思うての…」

あ、申し遅れました。ワタシ、巫女見習いのみここです。
ちなみにこの人は、一ヶ月に一回ふもとから来てくれる孫次郎おじいちゃん。
「へぇぇ〜…お孫さん、凄いんだね☆」
「なんのなんの…みここちゃんに比べれば…」
何時ものように、孫次郎おじいちゃんの持ってきたおかしでお茶をすする。
山で暮らすワタシにとって、参拝してくれるみんなのお話は大好きなの☆

「そうじゃ、小波山といえば…みここちゃん、鴉天狗の言い伝えをしっとるかい?」
「うんっ☆おばあちゃんから何回も聞いてるよ…其の姿雪の白さなり、其の軽さ木の葉のごとしなり、でしょ?」
この地方なら誰でも聞いたことのある言い伝え。山の天狗のお話。
みんなに伝わってるお話じゃ、山にはいったひとをさらって食べちゃうんだって。
「気を付けんとの…くわばらくわばら…」
そういうとおじいちゃんは軽く手を合わせる。
「でもね…うちに伝わるお話はね…少し違うの…天狗様は…ワタシたちとオヤシロを守ってくれるんだ!」
あ、それと、思い出した。おばあちゃんがいつも言ってたこともう一つだけど。
「猫には気を付けて、ってね☆」



緑の衣を散らし耐える木々に、白く雪華を添える者あり。
厳しく張りつめる空気を裂き、一つの影が飛び過ぎた。

鋭く大気を滑る者は思う。
ヒトの欲、尽きること無し。
己が領分だけでは飽きたらず。
神聖なる山をも喰らうであろう。
それでは、我こそ恐怖となりヒトよりの守護となりたり。

我は小波山に住まう鴉天狗。名を智羅と言う。
彼方の昔、山を切り開かんとする輩たちがわけいってきた。
勝手なる振る舞い、見逃すにあたわず。
我は軽く脅かし帰らせた。風を起こし、土を巻き…
幾度目からであろうか。ヒトはこの山を避けるようになった。
それと言うのも、我の噂が広まったのが所以らしい。
まぁ、愚かなヒトを帰らせずとも良いのは良いが…

鮮やかに森を舞い、大樹にて羽根を止める。

ヒト……
だが、我はヒトを忌むわけではない。まぁそれにも一応の故がある。

…我が産まれ落ちてしばらくの話について。
まだか弱き灯であった我は、悪意無き力に晒され生を終わろうとしていた。
山猫に弄ばれ、雪白に消え行く我を救ったのは紛れもない「ヒト」であった。
「………」
まだ上手くヒトの声を聞けなかった我には分からなかったが…
涙を溜め我を抱きかかえた。


…昨今、それが妙に脳裏に浮かぶ。



「はぁ…お賽銭箱…からっぽだなぁ…」
ちっちゃなため息。
だれに言うでもなく呟いた。
境内の掃除、はたき、雑巾がけ…今日することは全部終わっちゃった。
「しょうがないね…おさんぽでも行こっかな☆」
山のなかだから、誰にも踏まれてない雪が多くて楽しいの☆
サクサクしにいこっと!



一方此方は小波山上空。
物々しい飛行船のなか、少女と耳の黒い兎たちがなにやら相談中だった。
「スミレ様っ!!今日の一悪はなんですかっ?」
スミレと呼ばれた少女が大きな椅子に座りながら応える。
「うむ。やっぱり悪の基本はドロボーよ!ジンジャっていう建物に募金を詰め込んだ箱があるらしいわ!それを頂くのよ!!」
「あいあいちゃー!」
そこにいる全員が額に手を当て敬礼した。
「行動開始っ!!」



……山の観察中、珍奇なものを見掛けた。
宙に、丁度小波山唯一の社の上空に鉄の塊が浮いている。
我はしばらく止まり、動向を見た。
垂らした縄をつたい、ヒトと幾らかの小動物が降りる。
賊……か。ふむ…見過ごせんな…ヒト同士のこととはいえ、社は山の物だ…
一陣の風となり社へと向かった。


「ふむふむ…これがオサイセンバコとかいうものね…ずいぶんイージーな鍵だこと…鍵開け班!」
「あいあいちゃー!!………うわっ…なっ…なぁ〜!?」
ビュワァァンッ…
二人のクロミミウサギを鍵に近付かせたその瞬間、ふんわりと宙に浮き私の足元へと頭から落ちてきた。

「は…はへ…?」
ぽかーん…
あっけにとられる私とクロミミウサギ隊。
下では雪に頭を埋めた二人が短い手足をじたばたさせている。
そのとき、オサイセンバコの近くに白いなにかが降り立った。
「カエレ……ソノミオシクバ……」
う……う…なっ…何なの!?
雪みたいに白い羽…葉っぱみたいなのを握ってて…
……綺麗……はっ!!みっみとれてる場合じゃない!
「なっ…なんなのっ……!!」
やっと絞りだしたセリフが終わる前に、ソレは葉っぱでこっちを扇ぐ。
ビュワァァァッ……
つむじ風みたいなのが見えたと思ったら、回りのクロミミウサギ隊達がふわっと浮かんで、ぼすぼすと雪に落ちた。
「カエレ……ツギハソノミヲ…サク…ゾ…」
私が固まっていると、後ろで束ねてたはずの髪の毛が急にストレートになった…

「にょっ、にょわースミレ様!あああ…あれって……」
ウサギ隊は私の足の後ろでかたかたと震えている…それでも親衛隊!?
「は…あ…そ…そんなにっ!簡単にひひひ、ひきさがらないわよっ…ああっ悪には悪のプ、プライドってもんが…」
震える私の言葉をしり目に、葉っぱを更にひるがえす。
「あたっ」「ふわっ」「ぐえっ」「うみょっ」
様々に声を出してクロミミウサギ隊が飛ばされる。
「は…あう……」
ぼさっ。
私はその場にへたりこんだ。
こ…こしが……
「たっ…たたたっ…退却っ!!!!!!」
「あっ…あいあいちゃー!!!」
なによなんなの?!なんであんなのがいるのよ!!聞いてないわよ!!
ウサギ達に運ばれながら、悪的に言いたくないセリフNo.1を残していく。
「覚えてなさいよぉ〜……」

……なんだか凄い風の音にびっくりしてオヤシロに戻ると……
すごいものを目撃しちゃった。
遠ざかる飛行船、たたずむ白い影。
見たことは無くって、おばあちゃんたちから聞いただけ……だけど…
「天狗……様…?」
透き通るような美しい白、切り裂く黒に鮮やかな赤。
うっかりすれば雪に溶けるほどの美しさ……想像してた…天狗様より綺麗だった…



…この社の娘か……
人でいうところの子供…
しかし……なぜか我の心の奥底辺りがざわつく。
懐かしみ……と言われる感情によく似た…

……ふと気が付くと左手より血が伝う。
さっきの風で巻き上げた木っ破が刺さったか……
娘にも気取られたらしい。
驚いた様な顔をし、急いで駆け寄ってくる。
我にとって、こんなものは傷の内に入らない。
加えて、あまり人と関わりあいにならぬよう決めている……飛びたてば、追うてはこれまい。
しかし、我は動かなかった。
いや、動けなかった。妙な感触が羽を、足を縛った。
やがて悪い足場を経て、我の左手の前にたどり着く。

ぷつっ…
ゆっくりと木っ破が抜かれる。
「あわ……」
伝う血に一瞬怯んだあと、傷口を口に含んだ。

「!……」

どくん。

「あっ……んむ…」
拙き舌が傷口を撫で、芥を払いのけた。

ちゅ…ちゅ…

口を離す。

「ん…ぷっ…」
しばらくもごもごとしたあと、手に芥を出す。そして雪で拭った。
そののち、自らの袖に手をかける。
「んっ…ふっ!」
びっ…びぃぃぃぃ…
「んしょ…んしょ…」
ホウタイとかいうものの代わりか…
赤くかじかんだ指でゆっくりと巻いていく。

「………」
……ふと見下ろす目と見上げる目が遭った。


どくん。

何かが…揺り起こされそうだ……
もう…一言……懐かしいような…暖かいような…その…言葉で…

さす……
優しく左手に触れる…

そして、赤の唇が、言葉を、つむぐ。

「痛いの痛いの…飛んでけー…」
「っ!」

どくん。

その瞬間、我の身体の中で何かが弾け、過去よりの感情の濁流が溢れる。
ソレは止まらず、喉から一言…押し出された。


「ミ…コト…?」



「え…?」
天狗様の固く結ばれた口からでてきた言葉…名前は意外なものだったの……
ミコト…命……私のひいひい…お祖母ちゃん…萌保神社の初代巫子の名前…
だから私は一字違いの「みここ」って名前が好きなんだけど…
なんでその名前を…?
「あの…天狗さ……」
「ム!?」

その瞬間、腕がズキンッてして、何だかあったかいものに包まれて…そこから記憶が少し飛んじゃった。



口をついて目の前の娘に放った言葉は、意外なものだった。
ミコト…命……ヒトであり、我を救ったもの……
だが……其は我の幼少の刻……ヒトの時はあまりに短く、我と同じ程は生きられぬ。
生きられぬが故に解らぬ……

おずおずと見上げるその瞳を見つめる。

……そうか……面影…というものか…

「あの…天狗さ……」
「ム!?」

迂濶だった…
…目の前に気をとられていたが故にソレの接近を気取られなかったこと…
そして…思い出したが故に…瞬間の判断が遅れたこと。
素早く跳びかかるソレは僅かに出た娘の腕をかすめ着地した。
ふらりと横に倒れそうになる娘を抱き、ソレ…山猫に向き直る。

「ケェーイッ!!」
右肩に一本、威嚇に四本の羽根を放った。
「ぶぎゃっ!?」
山猫はもんどりうって倒れ、やがて急いで林に消えていった。



カッ…カッカッ…
一つ刃の下駄が枝を蹴る音が響く。
しっかりしたものを選んで踏んでいるつもりだが……
幸い、娘の顔に苦悶は無い。

……我を抱えるミコト…こんな気分であったろうか…

我の住まう穴にたどり着き、枯れ藁を束ねた簡素な寝床に横たえる。
ヒトには消毒…なるものが必要であったか…さっきこの娘がしてみせたように。
奥から薬草を持ち出す。
一枚を口に含み、細かく噛み砕く。
糊状になるまでゆっくりと噛んだ。
そしてそのまま血を拭った傷跡に塗り付ける。

ちゅ…くちゅ…

「…んっ…」

ちょうど薬草が傷跡全面を埋めた時、腕がぴくりと動いた。

口を離して、顔を見ると丸い目を更に丸くしてこちらを見ていた。

…驚いた……だって気が付いたら……

天狗様がわたしの腕に………


ちゅーしてるんだもん!

「なっ…え…ぁの…」
わたわたと慌てて後退ろうとしても手は枯れた草をかきまぜるばっかりで、しまいにはバランスを崩して転んでしまった。
あぅぅ〜…;;
ぐらぐら……どさんっ!
「わぷっ!?」
わらで編んだ箱が崩れながら落ちてきて、中にしまわれていた服のようなものが顔にかかった。
じたばたしながら払い除けたあと、それが巫子の服だと判るまでしばらくぼーっとしてた。

……懐かしい……オヤシロの……におい……

ふとひだりそでを見る……

「!!・・・おばあちゃんの……ううん、もっと古い……うちのお守り……」

ぼーっとしていると、天狗様がその服を手にとったの。

それで、しばらくじーっと眺めてた……

それから…ゆっくりこっちを向いて、優しく、まるでお父さんのように優しく話しかけて
きたの……


「……娘。名を…なんという…?」

娘の名は「みここ」といった。
この山の社の娘……命の子孫であったか。
似ている…確かに、みまごうほど…
いろいろな記憶を揺り起こしながら、当てもなく視線を舞わせる。そしてようやく、巫子
の服へと落ち着かせた。

ふと気付き視線を落としてみると、みここがなにやら落ち着かない様子だ。

「……どうした。」

少し恥ずかしそうに、止まりながらも、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あ…の、天狗…様……」
みここの声を聞きながらも、命の姿が重なる。
あの時伝えてくれた言葉。

あの時伝えたかった言葉。


「あぁ…」
目を見つめ返しながら答える。

「あぅ…そんなに見つめられたら言いにくいな…でも、うん………天狗様…」

「ありがとう…」


我は動けなかった。ただ目を開き、みここを見つめていた。それだけ…のはずであった。
なぜか、頬を伝う、感触。
なんだ。なんなのだ。

それが我が心に沈みし言葉であるのか。


……判った。今、すべて。
命が我に伝えた言葉。
『生きてくれて……よかった…ありがとう…』

はたと気付くと、みここが不安そうに見上げていた。

我はかがむ。
みここの目が我の目を追う。
やがてしっかりと向き合い、ゆっくりと抱き寄せた。
かつて、命がそうしたように。
優しく、強く胸を寄せる。
みここを、みここの中の命を。
そして、伝えるように、囁いた。

「ありがとう…」

「……はい……」
わたしはおもわず…天狗様の背中は大きくて、わたしのみじかい腕じゃ届かなかったけど
…精一杯のばして、天狗様を抱き締め返した。
恥ずかしくて照れくさくてドキドキで、でも暖かくておっきくて…
わたしの中の誰かとわたしは、ぽろっと…泣いちゃったみたい…



「恩は……返す。」
「うん…天狗…様…」

みここを抱えたまま跳び上がり、木の八分目程の枝に取り付く。
そして社の方角へ向き直り、強く枝を蹴った。

腕の中ではみここが空を見上げ、森を見下ろし、そして我を見つめている。

「寒くは…無いか。」
「うん…だいじょうぶ…です…」
カッ、カッ、カッカッ…



速かった。高かったし…
でも、不思議と怖くなかったの。
なんでかな…ぎゃくに安心してたくらい。
天狗様の胸…あったかいなぁ…って。

お顔を見つめてた視線をふと下にずらすと、いつもの雪の積もったオヤシロの屋根があった。



枯れ葉と雪の折り重なる境内に降り立つ。
参拝道の石畳、鳥居と社のちょうど真ん中にすっとみここを立たせた。

ゆっくりと見つめる。
そして柔らかく頭に手を添えた。


「智羅…だ。」



「また………会えるかな…」
必死に必死に…泣かないように…
わたしも誰かもぎゅーって手をにぎりしめてた…

それでも…あたまを優しくなでてくれると…
「……応えよう……」
……ささやいてくれると……

泣きじゃくった。目が痛いくらい……





本堂のなかで、一人でぽてっと座り込む。
触れられたあたま。
抱き寄せられた、肩。




お賽銭箱は今日も空っぽ。

でもね、でもね?
わたしの心はいーっぱいなの。


この山には、優しい天狗様が居て・・・

雪のように、綺麗で。

感触は溶けちゃうかも・・・しれないけど…


すくっ…とととっ!
ばんっ!

「ねぇ!わたしは…元気だから!」



「ねぇ…天狗様!ねぇ、智羅様!」





「ありがとう…」



…あぁ…


そう、聞こえた気がした。
風の揺らす葉っぱのその奥で。

あったかい眼差しが、見えた気がしたの。


「おーい、巫女さぁーん!」

「あ、はぁーい!!」




小波山一本杉。
一番高い位置に、我は立つ。

「月雪ニ・・・舞ウハ…華。」

我もまた。


「アリガトウ…」


うんっ!
そう…届いた気がした。

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