ツクバ×レイヴガール


ツクバが『彼女』を目にしたのは、週末のとあるクラブハウスでだった。

「レイヴガールだ」 「――レイヴガールよ」 「レイヴガールがいるなんて…」

彼女の周囲の空気がどよめくのが判る。
彼女はそんな周囲のどよめきさえも音楽の一節としてしか認識しないように、ただ踊る。
ダンスの技巧が明らかにプロの領域に達している事は素人のツクバにも判る。
ダンスだけでなく、ルックスやプロポーションが一般レベルから遥かに群を抜いている事も瞭然だ。
しかし、何よりもツクバの眼鏡の奥を捕らえたのは彼女を包む全身の色だった。

黒い服。黒い髪。黒い靴。

いやそれだけではない。肌も、目も、爪の色までも。何もかもが、全身が真っ黒なのだ。
そして肌や髪それぞれの黒い色彩の上にまとった赤いグロスが乱反射し、それが彼女の全身の輪郭を
くっきりと浮き上がらせている。
まるで赤い燐粉を持ったクロアゲハのような斬新な装いにツクバは驚きを隠せず、眼鏡奥の平凡な目を
ポカンと丸め彼女の踊る様へと見入っていた。

確かにクラブやディスコで踊るならこれ以上のお洒落ってないだろうな――。

ツクバは正直にそう思った。

「あらあ。ツクバくーん!?おーい!」

高い声にツクバが引き戻されるよう振り返ると、彼は声の主である顔見知りの女性を発見し緩く手を掲げた。
女性の名はモモコ。ツクバがいきつけのディスコで良く顔を合わせる現役OLかつ年齢不詳の女性だ。
モモコはツクバに手を振りながら近づくと彼の背後遥か向こうに見える黒いダンサーの姿を見つけるやいなや
パチンと指先を鳴らし悦に入った表情へと面差しを変えた。

「あーっ。今日レイヴガールいんじゃないのお。こりゃー来週の運気上昇だわ〜」

「レイヴガール…」

先程周囲のどよめきの中で多く耳にした単語をツクバはぼんやりと復唱する。
モモコはそんなツクバの背を叩きながらチチと舌を鳴らししたり顔で言葉を続けた。

「ツクバ君あんた知らないの?あの人ポップンパーティに何回も出てんのよ〜。一番最初のパーティで
シークレットゲストとして呼ばれて以来、何回も呼ばれてる大物なんだから」

「でねー、いろんなプロダクションからスカウトの話も来てるらしいんだけどねー。全部蹴り飛ばしちゃってるって。
で、逆にコアで熱烈なファンがついちゃうって訳なのよー」

ポップンパーティならツクバも知っている。彼はごく最近一度、その催しに一般ゲストとして呼ばれた事がある。
招待状を貰い会場に行くまでは「まあそこそこに凄い規模のディスコ?」くらいに漠然と思っていた。
が。その認識が全く甘いものであった事と彼が知ったのは実際に会場に行った当日の事だったのだが。

そうか。あの人、あのイベントに何度も出てるんだ――

ツクバは間抜け面で先程の彼女の踊る姿を瞼の裏に思い起こしながらも心中でぼんやりと呟いた。
そうこうしているうちにモモコは別の連れと待ち合わせていたのか、ツクバに手を振るとクラブのカウンターの
方へと消えていった。
モモコから開放されたツクバが再びレイヴガールの踊っていた空間へと目線を戻した時には、もう彼女の
姿はなかった。
光と色と音の溢れるフロアーの片隅でツクバは暫く立ち尽くしていた。
今日は何故かもう踊る気にはなれなかった。
彼はクラブの出入り口で数枚のフライヤーを手に取り鞄にしまうと、そのままクラブハウスを出た。

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ツクバはクラブハウスから出て駅までの道をブラブラと足を進めていた。

まだ時間は宵の口だ。今から帰れば自宅で夜食だな――

そんな事を考えながら彼は駅までの近道として、雑多な建物の狭間を縦横無尽に枝分かれしている
裏通りを選んだ。
暫く裏通りを辿っていくと、道の片隅からゴトリという鈍い音と共に奇妙な呻き声がツクバの耳に届いた。
ツクバはビクリと背を震わせて立ち止り、小動物が警戒するような少々情けなさの禁じえない身の振りで
周囲を見回す。
最初黒い何かの塊のように見えたそれは、暗闇に慣れ始めた目で良く見ると人のうずくまった姿だった。

週末の夜だし。さては酔っ払いか何かか――

以前やはりディスコ帰りに酔っ払いの喧騒に巻き込まれて手酷い目に遭った経験のあるツクバは
その時の事を思い出し、後ろ髪を引かれつつもそのまま素通りしようと思った。

しかし、これもまたどうにも彼自身の性分なのか。素通りしかけた踵を返してツクバは再び先程の人影の
元へと戻った。

「あのー。大丈夫ですか?」

うずくまっている対象を刺激しないように妥当な言葉をかけて相手の意識の有無を確認する。

「あのー。生きてます?」

もう一度、先程よりも声色大きく声をかける。

「気持ち悪い」

女性の声だ。相手が女性なら殴られてもそんなに手酷い目には遭わないな、とツクバは内心ホッとした。

「すぐ死ぬわ」

相手の呻く声にツクバは先程の安堵の表情をギョッとした物へと一変させ、慌てて女性の肩へと手を
かけ揺り動かすとその反動で相手の顔がガクリと反るように仰向いた。

「――あ。」

目の前に露になった女性の顔にツクバは喉奥から間抜けな声を洩らした。途端に眼鏡が鼻先からほんの
僅かずり落ちた事に気づき、慌てて眼鏡フレーム中央部を押し上げて位置を正す。
それは先程クラブで色と光と音とを自在にまとい踊っていた女性。
レイヴガールと呼ばれた黒いアゲハチョウその人だった。

*********************

ホテルの一室。ツクバは洗面所に備え付けてある清潔なタオルを水道水で浸し、水気を絞ると室内へと
踵を返した。
全く何がどういう流れでこんな事になったのか、自分でもよく判らない。
ただ無我夢中でレイヴガールを引きずって、あの場所から一番近いこのホテルに辿りつき宿を取ったのだ。
この奇妙な展開に内心面食らいながらも、ツクバはベッドに横になっているレイヴガールへとタオルを差し出す。

「あの。あの。どうぞ。」

レイヴガールは黒い指を掲げタオルをツクバから受け取りそれを自身の顔に押し当てた。
熱のこもった細い指先と一瞬触れ合い、ツクバは自身の顔が赤く染まる熱を相手の目から隠すように
顔をあらぬ方向へと背けた。

「悪いわね。でも本当助かった。電飾眼鏡男」

「え。」

「前に別のクラブで踊ってたでしょ。アナタはその時電飾眼鏡してたのよ」

「……」

「今日はしてないのね。ツマンナイ男だわ。全く」
振り返りレイヴガールへと向き直る。手酷い言葉の内容と裏腹に彼女の顔は子供のように綻んでいる。
ツクバは内心とんでもなく驚いていた。
彼女は自分が今日相手を意識する前から自分の事を見知っていて、更に覚えていたのだ。
今までの人生であまり遭い慣れない状況に彼は軽い混乱を起こしながらも、無意識に咳払いをし
とにかく話題を逸らそうと口を開いた。

「あ、あの。具合。もう、大丈夫ですか?」

「たまになるの。特に週末の終わりが近づくとね。少し酷くなる」

「はあ」

「いつもの事よ」

レイヴガールはベッドから身を起こすとベッドサイドにある室内全体の照明灯のスイッチを手探り、室内の
明かりを緩めた。
途端にカーテンを閉めていない窓辺から外のネオンの灯りが暗い室内へ光と影を落とす。
ツクバはベッドサイドにある椅子に腰掛け、外のネオンとレイヴガールへと交互に視線を移した。
目の前の黒い女性の横顔は、外に輝く多くのどんな電灯看板や電飾よりも印象深い光をまとっていると。
ツクバは眼鏡の奥の一重瞼を細めながらそう思った。

「あの時何故止めたの」

「え」

唐突な質問にツクバは面食らったような表情で眼鏡奥の焦点を彼女の目元へと合わせる。
レイヴガールは再び言葉を繰り返した。

「さっきクラブで。何故途中でダンスを止めたって訊いている」

「あ、あの。いや。その。何となく」

まさか正直に『あなたに見とれてました』とは言えず、適当な答えがツクバの口から飛び出した。
レイヴガールは何も答えない。
二人の間に暫し静寂が流れる。静寂のもたらす気まずさにツクバが椅子から立ち上がろうとした――
その瞬間だった。

一瞬の事か、それとも数分の事だったか。ツクバには理解が出来なかった。
彼はキングサイズのベッドの上でレイヴガールに組み敷かれていた。
バネのようなしなやかな力に押さえ込まれてツクバはベッドに仰向いたまま、レイヴガールの周囲の
景色へと眼鏡奥の細い目を白黒させながら忙しなく目線を揺らがしていた。
眼鏡の度は合っている筈なのに、レンズを通して見える世界はぐらぐらと覚束無く回っている。
妙に息苦しい。ついでに心拍数も高い気がする。しかし身体に感じる柔らかさと心地良さにともすれば
意識を奪われそうな感覚にしきりにツクバは首を激しく左右に振った。

「アナタの音で踊るわ」

レイヴガールの口元から囁くような低い声が洩れる。
彼女の右手がツクバの左胸上、ちょうど心臓のある辺りへと掌を滑らされた。
心臓の鼓動を悟られるようで、妙な緊張がツクバの中に充満すると共に妙な高揚感がそれ以上に
膨れ上がるのが自分でも判る。

「うわっ、タタタ、タンマ!ちょっと、ちょっとタンマ!」

漸く信じられない事の自体を理解したのか、ツクバは背筋を跳ね上がらせるように身体を硬直させながら
間抜けな声を上げた。
レイヴガールが動きを止めてツクバへと訝しげ、更に少々不服げな鋭さを加えた目線をまっすぐに注ぐ。
その視線に晒される事の何ともいえない居心地の悪さに内心泣きそうになりながらも、ツクバはやっとの
思いで口を開いた。

「あのー。何故、今。『僕』なんですか?」

ツクバは言葉を選んだ直後「失敗だ」と心の中後悔して俯き目を伏せた。
先程の彼女の鋭い視線が瞼の裏側に思い起こされた。
こんな状態でこんな雰囲気に欠けるような無粋な事を耳にしたら、彼女はどんな手酷い言葉を自分に
投げつけてくるだろうか。
いや、事と次第によってはボコボコに殴られる可能性も高い。
そんな想像を巡らせ覚悟しながらもツクバは彼女の声で打ちのめされるその時を待った。

「アナタの色が見たくなったからよ」

目を開くとレイヴガールの豊かな髪が揺れるのが見えた。

アナタの光を感じたくなったの」

彼女の深い吐息の混じった声が自分の表皮と聴覚を擽るのが判る。

「アナタの音を聴きたい」

情熱的な、しかし決して威圧的ではない眼差しにツクバはただ圧倒された。

「だから。アナタは。私の音で踊るのよ」

手首を取られ、ツクバの掌はレイヴガールの左胸に押し当てられる。
ふくよかな胸の感触。彼女自身の欲情を雄弁に語るように固く主張する胸の先端。
漲る生気を発散するよう力強く響くレイヴガールの鼓動を掌全体に感じ取り、ツクバの喉奥の声が
張り詰めていく。

ツクバは頭の中が霞で覆われるような。夢見るようなぼんやりとした意識の中で目を固く閉じていた。
レイヴガールの手が彼の左胸から滑り落ちるよう下半身へと移動した。ツクバは身体を硬直させ
思わず腰を背後へと退かせた。
彼女の手がズボンの上から彼の中心を捕らえ、ツクバは緩やかな刺激に襲われる。
その後に下半身の戒めが全て解かれるのもつかの間、吐息の混じった生暖かい咥内に中心の性器を
包まれてツクバは思わず上擦った声を上げてベッドの上で無様に身悶える。

「っ、ひ、ぃ…っ!!」

舌先や喉の粘膜に包まれ、咥内で強く吸い上げられる感覚にツクバは背を仰け反らせた。

「あ、ああっ、スミマ、セ、あの。お願い、で、すっ、も、勘弁…勘弁して…っ!」

「踊らせて」

理性の宿ったレイヴガールの声に反して狼狽し取り乱す自分自身のみっともなさ矮小さに、ツクバは
眉を深く寄せ首を左右に振りかぶる。
と。レイヴガールの身体が一旦自分から離れた事に気付き、ツクバは恐る恐る目を開いた。
彼女は身体にまとっていた服を全て脱ぎ捨てていた。
鞭のような裸身に再び伸し掛かられ跨られ、レイヴガールの右手はツクバの中心を支え立たせるよう
捕らえると、彼女自身の裂け目で彼の性器を全て飲み込むように身体を沈めていく。
レイヴガールとツクバそれぞれの喉や秘部から洩れる音が室内に響いていく。
ツクバの中が黒い色彩に支配される。赤い光に征服されていく。音に犯されていくのが判る。
彼女の全てに引き摺られていく。

ツクバは麻薬を知らない。でも。


きっと麻薬中毒者というのはこんな風に堕ちていくんだ。きっとそうだ――


混濁する意識の中で、彼は確かにそう思った。

暗い部屋の中、浮き上がるレイヴガールの胸の稜線がツクバの上で揺れてうねり躍動する。
闇の中、無意識に赤い輪郭へと手を伸ばし触れる。
熱を帯びたなめし皮のような肌の感触に自身の息が次第に荒くなっていくのが判る。
熱に浮かされるように彼女の揺れる腰を両腕で捕らえ、今までに経験のない程激しい勢いで腰を打ち
つけ律動を繰り返す。
眼鏡がいつの間にか外れている事にも気付かずに。導かれていく絶頂感に身を任せながら。

黒の色と、赤い光と、室内をリピートする様々な音と。

ああ。ああ。ああ。ああ。ああ。レイヴガール。レイヴガール。レイヴガール。

ツクバは自分を制する事も忘れ、白濁を目の前の淫猥な赤い電灯看板の中へと放つ自分を遠い
意識の中で感じ、瞼の裏に色と光の点滅が千々に入り乱れるのを悟ると心地良い闇の中に意識を
手放していった。

彼にはもう抗う術などなかった。

******************************************

ふっと意識が戻り、身を起こすと慌ててツクバは反射的に周囲を見回した。

こじんまりとした室内、レイヴガールの姿はどこにもない。
ツクバはというとほぼ全裸、身体には毛布が一枚かけられているという何とも情けない状態だ。
身体を起こすと毛布が肩から滑り落ち、ツクバの貧相な上半身が露になる。
体に触れる冷たい空気に身震いと同時にくしゃみが飛び出た。
胸板やら腹部やらに強く吸われた赤い痕跡が点々と無数につけられている事に気付いたのは
ベッドの下に落ちていた眼鏡を漸く探し当て、自身の身体へと目線を落とした後の事だった。
他にも腕やらわき腹やら、それと…言い憚られるような箇所にも。
それは昨晩の事が決して夢ではなかった事実である事を雄弁に語っていて、同時に昨晩の彼女との
「事」が今更ながら鮮明に思い出さた。
ツクバは急激な羞恥に襲われベッドから降りようとしたが、目の前の景色が揺らぎ気付いた時には
床に上半身から転げ落ちていた。
したたかに打ち付けた背中を擦り、ツクバが身支度を整え会計の事を考えながらロビーに行くと
レイヴガールはもう随分前に支払いを済ませ出て行ったとの事だった。
自動ドアをくぐりホテルの外に出る。日曜の朝の繁華街、日はもうかなり高くなっていた。

「太陽、黄色いや…」

青年コミックの中に出てくるような下世話な台詞が口から無意識に飛び出し、ツクバは苦笑した。
彼は少々乱れボサボサの髪を片手で掻き乱すと大きく背伸びをし、駅へと歩き始めた。

――こんな夢なんてもう二度とないとは思うけれど。また土曜の夜にクラブに行くのも悪くないかも。

どこか心地良い疲労感の中、彼は密かにそう思った。


****完

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