流石最上×シノビアン子


気が付けば、夏の暑さが徐々に弱まっており、日が落ちるのも早くなっていた。蒸し暑かった風も、今では幾分か涼しくなってきている。
秋が、すぐ側まで来ていた。もう少ししたら、この夏に実った作物を取り入れるのだろうか。アン子は高くなりつつある青空を見上げ、独り思った。雲が形を変えつつ、のんびりと流れていく――青い、空。青い、髪…大好きな……わたしの、恋人。
「六の…バカァ……」
今は何処にいるのか分からない恋人を想い、アン子は抱えている膝に顔を突っ伏して、外界と自分とを断ち切ってしまった。


忍びアン子は恋の呪文〜涙雨物語編〜




『いい加減にしろ!そんなに構って欲しかったら、さっさと別の男でも作ればいいだろ!!』
行く宛もなく、アン子はふらふらと流れ着いた下町を歩く。忍びの里を発つ時に新調した黒ずくめの忍者服ではなく、袖の部分が湿ったままの花柄の可愛らしい着物姿で。
『全身真っ黒の忍者服じゃあ、夜ならともかく、昼間は目立つだろ?着替えあるか?』
『…そっちの方が、可愛いぞ……』
庶民になりすます為に自宅から持ってきた、お気に入りの花柄の着物。着替えてから六に見せると、彼は頬を赤く染めて、照れ臭そうに褒めてくれたものだ。
アン子はその時の事を思い出しながら、カラコロと下駄を鳴らして歩く。しかしその足音は聞こえず、彼女の頭の中で六の声だけが響いていた。
『修行の邪魔をするな!どっか行ってろ!』
吊り上がった鋭い目を、一層凶悪なものにさせて怒っている、六の顔がもやもやと浮かぶ。

アン子はひょんな事で六と知り合ってから、今までずっと彼を愛していた。ようやっと一人前の忍者になり、修行を兼ねての旅に出る事を許された時、一人旅をしている六と同行する事を真っ先に決めた程、愛していた。
『俺…オマエの事が、……好きなんだ』
初めて出会った次の日に、別れる間際に六が言った、精一杯そうな愛の告白。それで彼も自分を愛している事が分かり、恋人となった。…いや、なった『つもり』だったのかもしれない。六は邪魔者だと罵り、想いを拒絶し、自分を追い払ったのだから。
「うっ…く……」
赤くなった目から溢れた涙が、未だ泣いた跡の残る頬を伝ってつぅっと流れていく。泣いては駄目だと、着物の袖で涙を拭えど、一度堰を切って流れ出た涙は、なかなか止まってくれない。その内に鳴咽が漏れ始め、アン子は本格的に泣く事になる。
涙が溢れては、重力に従って頬を伝い、ぼろぼろと落ちて、胸元や地面に染みを作る。すれ違う人も周りにいる人もその光景を目にはしているものの、無情にも何事もない様に自分を生きている。
面倒事に巻き込まれない為の人の本能だと分かっていても、アン子にはそれがひどく辛かった。歩調を速め、顔を覆ったまま、その場から走り去る形になる。

「きゃ!」
どしん、と何かにぶつかる。そのままバランスを崩して、アン子は前方へと倒れ、転んだ。全身に痛みが走る。
「バカヤロー!前見て歩かんかィ!!」
「ご、ごめんなさい…」
野太い声に罵られ、アン子は怯えながらも、起き上がって後ろを向く。
体躯のどっしりとした、いかにもごろつきの様な髭面の男が、二人の男を従えて立っている。アン子はその様子に恐怖して、叫んで逃げ出そうとしたが、髭面の連れの内の一人が彼女の華奢な腕を鷲掴みにした。
「なぁに逃げ出そうとしてンだよ!」
「親分にぶつかっといて、ただで済むと思ってンのか!」
連れの男達が怒鳴る。傍観者は相変わらず知らん顔で、建物の中に逃げ込もうとさえしている。
「待てェィ」
髭面が間を割って、止めに入る。それでも恐怖は拭い去られず、嫌な予感すらする。
「嬢ちゃん、泣いてるみてェだな。ワシが慰めてやろうかィ」

「いやあぁぁ!」
節くれ立った手が襟を左右に広げ、未発達な乳房が露になる。逃げられないと分かっていても、アン子は逃げようとして暴れる為、白い上体が日光を反射して揺れた。それが煽情的で、男達の肉欲を増幅させる事になる。
「生娘かィ、嬢ちゃん?痛くはしねェから、ほら、こっち来な」
「やだっ!助けてぇっ!六ぅ!!」
六。無意識に彼の名を呼んでいた。助けに来てくれる訳がないと分かっているのに、自分はこのまま見知らぬ男に陵辱されると決まっているのに、
愛されていないのだと…感じて…いるのに……――
「ぐあっ!」
唐突に連れの一人が叫び声を上げて、悶絶しながら左手を抑えた。その足元には銭が落ちている。即座に髭面と、もう一人の連れの男が後方へと振り返る。

「誰でィ」
アン子は三人の男の間から、銭を投げたらしい者の姿を見た。
その者は、赤く染色した三度笠を目深に被り、口に葉の付いた茎を咥えている。黒いマントの下から伸びた逞しい右腕は、お手玉で遊ぶかの様に、幾つかの銭を宙に躍らせては掴んでいる。
「誰だと言ってるのが、聞こえねェのか!!」
髭面が声を荒げても、長身のその男はびくりともしない。それどころか、不敵な笑みを浮かばせて、口元を歪めている。
「…無力な女子(おなご)を無理に連れ込もうとする下賎の者に、名乗る必要なぞござらん」
「何ィ!」
瞬間、連れの二人がほぼ同時にドスを抜き、一斉に三度笠の男目懸けて突進していった。アン子は思わず目を固く瞑る。

三度笠は不敵な笑みを浮かべたまま、ばっとマントを撥ね、後ろ腰に差し込んでいた刀を構えた。と思うと、低く身構え、二人の男を笠越しに見据える。
「ぐふっ…」
「うあぁッ…」
二つの呻き声が聞こえ、どさどさっと重量のある物が地面に落ちる音がした。アン子が恐る恐る目を開けると、片足立ちに座って刀を持った三度笠の男と、その後ろで倒れている髭面の連れがいた。
「次は、貴様の番でござる」
一瞬、笠の下から、焦げ茶色の瞳が見えた。
獲物を狙う、獣の目。アン子には、六よりも鋭いものに見えた気がした。
「なめやがってェ!!」
髭面の男が左腰の刀を抜く。解放されたアン子は、肌蹴た胸元を腕で隠したまま、ぺたりと地面に座り込んでいる。
「うおおぉぉっ!」
咆哮を上げながら、巨漢が遠くにいる男目懸けて走っていく。体格に差があり過ぎる。あの三度笠の男が勝てるなんて思えない!

「危ない!」
「心配ご無用!」
男は笠を抑えて、高く跳躍した。標的を逃した髭面は、まさに獣の様な怒り狂った顔を上げ、天を見た。残暑ながらぎらぎらと燃えている太陽を背に、三度笠の男が後ろに束ねた長髪をなびかせ、降下している。髭面は太陽の眩しさに、一瞬目を眩ませた。
「ぐあぁっ!」
額に刀の柄の部分で勢い良く殴り付けられ、髭面の男が叫び声を上げる。それからスローモーションで巨体がぐらりと倒れ、三度笠の男がその側に着地した。
「…………」
「大丈夫でござるか?」
呆然となっていたアン子に、刀を仕舞った長身の男が駆け寄っていく。はっと我に返ったアン子は、急に慌て出して、着物の襟を正そうとしながら、礼を言おうとする。

「あっ、あっ、あの、助けて下さっててて…ど、どうも、あり、ありが」
気が動転しているのか、うまく言葉を紡げないアン子に苦笑しつつ、男はマントを彼女の胸元に掛けた。真っ赤になっているアン子は、円らな瞳を一層丸くして、相手の顔を見た。先程とは打って変わって、優しい微笑みを浮かべている。
「落ち着くまで、拙者が一緒にいるでござるよ」
「はっ…はい…」
アン子はどぎまぎしながら、マントの下で襟を正す。何か言わなくては、と彼女は未だ震える声で言葉を発する。
「え、えと、助けて下さって、ありがとうございました…」
「いえいえ、それ程でもないでござるよ」
「あの…」
「何でござるか?」
「わたしはアン子って言うんです…あなたは?……」
「拙者は、最上サスガと申すでござる。お見知りおきを、アン子殿」

最上サスガ、と名乗ったその男は、アン子を茶店に連れていき、彼女の気を落ち着かせようと、色々な事を話してくれた。サスガが奢ってくれた茶の入った湯のみを手を持って、股の間に置いたまま、アン子は彼の話にいつの間にか夢中になって聞き入っていた。
とある武将の家来であったサスガは、戦で主を失い、同時に行方不明になった幼なじみを捜しているのだと言った。彼は自分は戦で両親を失った孤児(みなしご)で、同じく肉親を失った幼なじみと共に武将に拾われ、それから成人して武将の家来になったのだとも言った。
「拙者にとっては、その幼なじみは兄弟同然であり、殿は父親同然だったんでござる。
例え血は繋がっていなくても、魂が繋がっていた、とでも言うものでござるか…」
なかなかうまく言えないでござるよ、とサスガは苦笑し、一向に何も口にしないアン子に、団子を勧める。
笠を取って露になったサスガの顔は、きりっと凛々しいながらも優しい笑みをよく浮かべていて、アン子を魅了し包容するまでだった。長い茶色の前髪が目元を露にする度、それが暖かな眼差しを見せるので、一層胸を高鳴らせる事になる。

(あれ、わたし…どうしちゃったんだろう……)
アン子は鼓動が早まる胸元に多少息苦しさを感じたまま、俯いて、独り心の中で呟く。
(わたしは…六の事が、大好きなハズなのに……)
「アン子殿?気分でも、悪いのでござるか?」
サスガが心配そうな顔で、アン子の顔を覗き込む。視界にクローズアップされたサスガの顔を見るなり、アン子は驚かされた様に心臓をびくりとさせて、慌てて大丈夫だと返事をした。
(でも…サスガさん……こんなに優しくしてくれるし……
六なんか…アン子の事好きだって言ったくせに…いっつもぶっきらぼうで冷たいし…)
そう思うと、急に腹が立ってきて、アン子は団子にかぶり付くと、むしゃむしゃと一本たいらげた。それでもまだ気がおさまらなくて、二本目、三本目と、次々に口にしていく。
サスガは隣で困惑しつつも、茶を啜る。途端にアン子が喉に丸い固まりを詰まらせて、苦しげに首を抑えて呻き始めたので、彼は慌てて丸まっている背中をトントン叩いた。

「大丈夫でござるか?やけ食いはよくないでござるよ」
「ごめんなさい…もう、平気です」
ようやっとの事で詰まっていた団子を嚥下し、ほーっと溜め息を吐いて、アン子は少々涙目になりながらサスガを見た。サスガは困った様な、それでも安心した様な微笑みを返す。
(このまま、サスガさんと…いたい)
六と違って、大人の男としての包容力と優しさがあり、それでもって人との関係を大事にしているサスガといたい。六が自分に構ってくれないのだから、少々浮気しても平気だろう。
(もしかしたら…六が嫉妬して、アン子の事、構う様になるかもしれない)
もし、六が振り向かなくても、サスガとなら、一緒になってもいい――
アン子は自分がやろうとしている事に、少しも後ろめたさはなかった。それがサスガや六にとっては、許し難い、非道な行為であったとしても。

「じゃあ、そろそろ拙者は行くでござるよ」
サスガは笠を手に取り、すっと立ち上がる。アン子ははっとなって、サスガの服の裾を掴み、彼を引き止めた。サスガは困惑した表情で、肩越しにアン子を見る。
「お、お願いです、今日一日、わたしと一緒にいて下さい」
アン子は静かに、それでも力強く、はっきりと言った。
「アン子殿…?」
「迷惑なのは分かっています。でもさっきみたいに襲われてしまったら…わたし……」
「う…む…」
サスガは戸惑いを隠せなかった。確かに彼女が再びごろつきに襲われてしまったら、一体誰が助け出せると言うのだろう。だが会って間もない少女に、一緒にいてくれと懇願されても、どうしたらよいものか。
サスガは迷っていたが、やがてこれも人助けの内だろうと思い、アン子に応えた。
「承知した。拙者、女子(おなご)と時間を過ごす事があまりなかった故、何もしてやれぬかもしれないが…それでもよいのなら、喜んで引き受けるでござるよ」
アン子は花が満開になる様に、ぱあっと表情を明るくして、思わずサスガに抱き付いてしまっていた。

ゴオォ――ンン……
何処かで午後6時を告げる鐘が、重々しく響いて鳴っている。
アン子は、自分が一泊する事になった小さな部屋の窓際に座り込み、夕陽で橙に染まっている町並みを見下ろしていた。同じく橙に染まっている艶やかな黒髪には、桜の花をモチーフにした簪が飾り付けられていた。サスガが彼女の為に、買ってくれたのだ。
アン子は昼間の事を思い出す。茶店を出てからも、サスガは彼女に付き添っていた。共に町を散策する様に歩き、アン子が話しかける度に、あの優しげな微笑みを浮かべたまま、彼女の望む様な応えを返した。
立ち寄った装飾品店では、アン子が一目見て気に入った簪を、サスガは自ら進んで買ってやった。そこまでしてもらっては悪い、とアン子は返品する様に言ったが、サスガはにっこりと笑って、彼女の黒髪に簪を付けたのだ。

『拙者が望んでやった事、アン子殿が気にする事ではないでござるよ』
『ほら…よく似合っているでござるよ。とても可愛らしい』
『可愛い』と褒められて、思わず顔を赤くしてしまったアン子に対し、サスガはまた少女を包み込む様な笑みを浮かべたのだった。
(サスガさん…優しすぎるんじゃないかなぁ……)
アン子はぼうっとした視界で、そろそろと闇に包まれゆく町並みを見ている。こうして表情を変えていく空や景色と同じく、全ての物事は変化していくものなのに、サスガは今日一日、笑顔と優しさを絶やさなかった。
それが逆に不安になる気がして、笑顔を見る事すら苦しくなっていた。それでも、サスガの優しさに甘えたまま、彼の誘(いざな)いのままに旅館にまで来てしまった。

(六……)
外は、ほとんど暗闇に閉ざされて、何も見えなくなろうとしていた。アン子はふと、愛しかった人を想う。
彼は一体、今何処で何をしているのだろう。未だに己を鍛える修行を続けているのだろうか、それとも自分の事を探しているのだろうか、それとも――
(アン子も…バカだ……)
愛されていないのだと感じたものの、アン子は六の事を想わずにはいられなかった。サスガといてもらう事を決めた時も、心の何処かでは六の事を考えていた。今でも、どうしているのかと、六の事を案じている。

「ろ、く……」
我慢し切れなくなって、アン子は着物の裾の下に手を伸ばし、ショーツの薄い布地の上から自身に触れた。ふにゅ、と柔らかい感触が股間と指に伝わる。そのまま割れ目に合わせて、中指で撫でる事を始める。次第に中指が熱を帯び始め、湿っぽくなってくる。
初めて出会った日の晩以降、六はアン子と性行為をする事はなかった。接吻はしていたものの、それ以上の事に踏み出す事はなかった。
煩悩を沸かせない為にも、仕方のない事だとアン子は承知していたが、本当はひどく寂しかった。六が眠った後、彼を起こさない様にその場を離れて、ひっそりと独りで自分を慰める事も何度もあった。

「ひゃぁ…あ……」
愛液が分泌され始め、アン子は熱っぽい吐息を漏らす。直接的にそこに触れたくなって、ショーツをそろそろと下ろす。ぬるぅ…と粘液が股間とショーツの間で伸び、呆気なくぷつり、と切れる。
改めてそこに指を宛がうと、ぬるりと滑り込んで、難なく中に入ってしまった。アン子はびくり、と震えた。
「ん…んぅ…んぅ…」
入ってしまった二本の指をばらばらに動かす。くちゅくちゅと卑らしい効果音が聞こえてきて、アン子はその恥ずかしさに赤面しながら、目を瞑っている。
「ひぅっ!あんぅ…やぁぁあ……」
空いていた方の手で、陰核を摘み上げる。全身がびくびく痙攣して、愛液がとろとろと溢れ出す。

(こんなんじゃ…足りないよぉ……)
アン子は快楽で鈍っている思考で、不満を訴える。華奢な指は激しく彼女を責め立てるも、満足する様な快楽は得られない。アン子はぽろぽろと涙を流し出す。
(もっと…もっと…誰かぁ…)
『誰か』、と求めたが、アン子は六を求めていた。あのぶっきらぼうな言葉を投げかけて欲しい、あの傷だらけの手で慰めて欲しい、あの成長途中の性器で激しく…突き回して、欲しい。
「六ぅ…!」
「…アン子、殿…?」
はっとして、声のした方へ顔を向ける。ふすま障子の扉を背に、風呂から上がったらしいサスガが、戸惑った表情のまま立っていた。

「……!」
アン子は慌てて股間を隠したが、サスガの表情が既に遅いと言う事を語っている。その上、愛液の醸し出す粘着質な、饐えた匂いが部屋中に充満し始めていた。
取り返しのつかない事になった、とアン子は顔を赤くさせたまま、俯いた。
それとほぼ同時に、サスガも顔をそこから背ける。まだ湿っている髪がぱら、と小さく軽い音を立てて、横へと流れた。サスガはその格好のまま、ゆっくりと口を開く。
「何を…やっていたのでござるか……?」
答え難い問いを出す。アン子は俯いたまま、ぽろぽろと涙を流し始め、やがて顔を覆って、声を上げて泣き出した。

女と過ごす時は長くなかったものの、女と躯(からだ)を交えた事は、これまで何度かあった。故にサスガは、知り尽くしたとまではいかないが、女体を知っていた。増してや、アン子がたった今まで行っていた行為の意味も知らない訳ではない。
だが、どういった理由で自慰を行っていたかは分からない。欲求不満なのは確かだろうが、ただ単に快楽を得る為だとは思えない。
サスガは思い切ってアン子の側へと歩み寄り、しゃがみ込んで、彼女を後ろからそっと抱いた。アン子はびくりとして、軽い束縛をしている相手の顔を恐る恐る見る。
「余計な世話かもしれぬが…拙者でよかったら、相談でも何でもお付き合い致すが……」
暗がりで互いの顔はよく見えないが、サスガは不安げな表情を浮かべていた。アン子の返事を聞く事が、少し恐かったのだ。それでも、自分はそれを受け入れようと、彼は固く決心していた。

「サスガさん…」
「――――」

満月がわたしを見下ろしている。あの人――六と初めて過ごした夜と、同じ真ん丸の…月。
だが、自分が接吻している相手は、あの人ではない。十(とお)は離れているであろう、あの夜と同じ、今日知り合ったばかりの男性。
「んくっ…んふぅ……ちゅば…」
アン子は目を瞑ったまま、サスガと深い接吻を繰り返していた。華奢で細い腕と、鍛えられた逞しい腕とが、交差して互いを繋ぎ止めている。
唾液が小さく可憐な唇を濡らし、じゅぶ、じゅぐ、と音を立てながら、上気した頬を伝って、真っ白で糊が利いている敷布の上に落ちていく。
サスガは一旦顔を離し、寝転がっている少女の白い首筋に舌を付ける。あぁ、と熱い吐息の混じった喘ぎ声が漏れ、びくりと震える感触がした。サスガは首筋から項へと、項から肩口へと、舌を這わせた。

鎖骨に行き着いた口元が、軽く歯を立てる。アン子は一層固く目を瞑って、またも喘ぎを漏らす。途端に鎖骨に吸い付かれた気がして、彼女はうまく紡げない言葉を発する。
「やぁ…やめ、て……ひぁあ…跡、付、け、ない、でぇ……」
「じゃあ、こっちでござるな」
サスガは悪戯っぽく笑い、存在を主張している突起に吸い付く。舌で転がし、乳輪を舐め回す。アン子の肌はきめ細やかで滑らか、文字通りの甘肌で、いつまでも舌で愛撫したくなるものだった。サスガはまたくす、と笑い、今度は乳首に軽く歯を立てる。
「あ…!あぁん……!」
アン子は頤を反らして、それに応えた。

空いていた方の乳首を摘まれ、ころころと捩られ、アン子は敷布を握り締めている。白い裸体は汗でしっとりと濡れ、それ以上に彼女の秘部は愛液でぐしょぐしょに濡れていた。
サスガはアン子を解放し、露になっている上体を上げる。その隆々とした胸元には、主と一番の親友を失くした戦で受けた傷が、痛々しく跡を残していた。
「む…アン子殿は、感じ易いのでござるな。秘所をこんなにしとどに濡らしてらっしゃる…」
「やぁ…ぁ…ぁあん……」
サスガはそこの割れ目を、指でくすぐる様に愛撫している。アン子はいやいやをする様に、体をくねらせた。
「アン子の事ぉ……悪い子だ…って…思ってるぅ……?」
「いぃや…?そんな事はないでござるよ…」
返事をすると同時に、サスガは指を二本、ぬるりと中に侵入させた。アン子はあられもなく脚を広げて、それを受け入れる。

難なく入ったものの、中はひどく狭く、肉の壁がぎゅうぎゅう締め付けてくる。サスガは指をばらばらに動かして、膣内を解していく。
くちゅくちゅと淫らな音を立てて、粘液が接合部から溢れ出してきた。小丘がひくひくと戦慄き、とめどなく溢れ出ている粘液が尻を伝い、そこを蛞蝓が這った跡の様にぬらぬらと濡れた。
それが肉欲をそそり、サスガは頬を赤く染め、ずる剥けになった立派な一物をすっかり勃起させている。アン子もそれ相応の快楽を感じていたが、何処となく辛そうで、固く瞑られた目からは涙が滲んでいる。
その様子から、アン子が流している涙は快楽からのものだけではない、とサスガは察した。

「っも…!もぉ、だめぇ…!ひぁっ!ぃやんっ!」
絶頂を迎えようとしている、上ずった調子外れの喘ぎ声で、サスガは指を引き抜いた。薄々気が付いていたが、もはやこれ以上は彼女に辛い快楽を与えられぬ――アン子は未だ目を瞑ったまま、荒い呼吸を繰り返し、火照って紅潮しかけている胸を上下させる。
「ぉ…ねがい……もぉ…い…れて…」
そう言って、アン子は結合を求める。だが、彼女は自分を望んでいるのではない。誰か別の…別の異性…想い人を求めているのだ――
「おねがい…」
「アン子殿、拙者は…拙者には、『六』殿の代わりは出来ないでござる」

六。
その名を聞き、アン子ははっとなって、ようやく目を開いた。覚ましたとも言うべきか、アン子はやっとの事で自分のやっていた事の大きな過ちに気が付いた。自分の我侭で、サスガを巻き込んでいたのだ。
「…!」
「愛する故に、構って欲しさに、拙者に浮気をしたのでござらんか?だけど、それは非常に愚かな行為で、増してやその想い人を失う事もあるのでござるよ。
それでも…アン子殿は、それを続けるのでござるか?」
サスガの一言一言が、ぐさりと胸に突き刺さり、痛みが染み渡る。だが、彼は何一つ間違った事は言っていない。間違っていたのは自分自身なのだと、教えてくれる。

「ごめんなさい…!」
アン子はわっと泣き出して、サスガの胸に取り縋る。サスガは一緒に辛さを味わう様に、それでも優しく微笑んで、泣きじゃくるアン子を抱きかかえる。震える彼女の肩に顎を乗せ、背中に回した手でぽんぽんと軽く叩いてやる。まるで父親が、幼い娘を宥める様に。
「いいのでござるよ……アン子殿」
男は、泣き続ける少女の肩を、いつまでも抱いていた。

「アン子ーっ!」
深々(しんしん)と更けゆく夜の町を、六は独りひた走る。迷惑だと知りながら、大声でアン子の名を呼び、更には灯かりの付いている長屋や店の扉を勢いよくがらっと開けて彼女を尋ね、
「花柄の着物を着て、紫がかった長い黒髪をまとめた女なんだが…」
「さぁ、見なかったねぇ…」
「悪ィが、女見なかったか?これ位の背ェして…」
「そろそろ店じまいなんです。お侍様、申し訳ございませんが、どうかお引き取り下さいませ」
「バッキャロ、今何時だと思ってるんでェ!」
時には怒鳴られ。

(アン子…アン子、何処行っちまったんだ?)
自分から追い払ったものの、六はアン子の事が気がかりでしようがなく、馬鹿正直に彼女の事を必死に探し回っている。黒く塗られた下駄も、それを履く引き締まった足も土埃で汚しながら。
六は十字路に辿り着いた時、壁に寄りかかって立っている、三度笠を被った男を見つけた。ぜえぜえと息を切らしながら、六はその男に、もう何度したか分からない問いを吐く。
男は黙ったまま、とある宿屋を指差した。若き侍は、一言礼の言葉を残して、その場から立ち去った。

(あなたは…ちゃんと愛されているでござるよ、アン子殿)
サスガは六の後ろ姿を見送りながら、ふっと微笑む。それから彼は壁から離れ、町の出口向かって、歩き始めた。戦友を捜す旅を、再開する為に。
ふと、サスガは一人の少女を思い浮かべた。長い銀髪をした、頭蓋骨を肌身離さず持っている少女を。愛する人を失い、アン子と同じ様に、自分に代わりを求めてきた少女を。

「いつの世も、儚きや…」
三度笠は、闇の奥深くへと吸い込まれて、見えなくなった。

《終》

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