シノビアン子×六


忍びアン子は恋の呪文

星ひとつない漆黒の闇に、霞みがかった青白い月だけが浮かぶ夜。男と女は森の奥深くで逢瀬を重ねる。
村長(むらおさ)の奥方とその使用人――叶わぬ恋と知りながらも、一方を愛おしく思う気持ちは発狂するまでに募っていく。
村の者が皆寝静まった頃を見計らい、二人は磁力で引き寄せられる様にして会い、そして――

「きゃーっ!ここから先は恥ずかしくって、アン子読めなーい!」
今月発行第2号の『くのいち手帖』を風が起こる程の勢いで閉じて、アン子は隣りに坐っているお友達にそれをさっと渡したの。
「もぅっ、アン子ったら興奮し過ぎだよ〜。見てるアタシまで真っ赤になりそう」
「だってだって、この後二人は森の中で……いやぁーん!ハズカシー!!」
あ、自己紹介がまだだったね。ゴメンゴメン☆わたしの名前はアン子!見習いだけど、一応シノビアンでーす!
年は…15歳!この『くのいち手帖』の読者ポエムコーナーに載ってる、恋のお話にときめくお年頃、かな?
最近はね、少し前から連載されている、『ヨシ子』って人の小説がお気に入りなの!さっきみたいに途中で恥ずかしくなって読めなくなったりもするんだけど、激しい愛の行方が気になって、ついつい夢中になっちゃうんだ☆

「でもさ、ウチのくノ一に『ヨシ子』って人いないよね?」
「う〜ん…あっ、実はヨシオ君が女の子になりきって書いてたりして!」
「まっさかー」

〜その頃のヨシオ君〜
「ふぇっきし!…ん〜、風邪でもひいたかな……」

アン子は草むらの上でごろっと仰向けになって、澄み切った青い空を見上げる。
初夏の日光がじりじりと顔を照らして熱いけど、雲ひとつない空は本当に限りなく広がって、まるでアン子を吸い込んで、ふわっと包み込んでくれそうで…キレイ。
何処からともなく吹いた涼しい風が、生えて間のない若葉を纏った梢をすり抜けて、静かに歌う。
――その歌声に乗せて、アン子を運命の人の所へ連れてって――

「アン子っ!」
名前を呼ばれて、アン子はびっくりして起き上がったの。お友達が真っ正面に立って、アン子の事を見ている。
アン子…もしかして寝ちゃってたの?いやーん。
「アン子、先生が集合かけてるよ!早く行こっ!」
「う…うんっ」
アン子は急いで立って、お友達と一緒に走っていった。

それから数ヶ月が過ぎ、季節はまさに真夏だった。
見習いくノ一の少女・アン子は、忍者学校の卒業試験に向けて、修行に明け暮れていた。
無事試験に合格し、めでたく卒業する事はアン子を始め、全ての見習い忍者にとっての新しいスタートとも言えた――学校だけでなく、『見習い』からも卒業し、晴れて『一人前』になれるからだ。
一人前の忍者になる事を目標に、アン子はただただ修行に没頭していた。元々は少し間の抜けた彼女だったが、今では修行の成果もあって、かつての面影は何処にも見当たらない。ただ一つ、ある術を除いては。

「きゃーん、胸が残っちゃったぁ!」
森に隣接した修練場でアン子は叫ぶ。いや、化け損ねた、出来損ないの男が叫ぶ。アン子が男への変化に失敗した姿だったのだ。
瑞々しい滑らかな白い肌は浅黒くなり、さくらんぼの様な愛らしげな口元はきりりと引き締まり、潤んだ黒い瞳は鋭い眼光を放っている。体も肩幅の広い、逞しいものに変わっており、なるほど、男としての特徴が随所に表れている。
しかし、困った事に、桃色の忍者服の襟元から、膨らみかけた乳房の描くなだらかな谷間が見えている。これでは男とも女とも言えない。
アン子は『変化の術』がひどく苦手だったのだ。犬に変化すれば人面犬になり、魚に変化すればシーウーマンになってしまう。
それでも無情な事に、卒業試験の実技試験に『変化の術』は含まれており、『異性に変化する事』と言う条件まで付いている。

あ〜あ、と嘆き、元の姿に戻ったアン子は地面へ仰向けに倒れる。土がポニーテールに付こうが、忍者服に付こうが、もうお構いなしだった。
アン子は汗でしっとり濡れた額に右腕を重ね、疲れ切った体を重力に預けて、ぐったりしている。
「アン子にシノビアンって向いてないのかなぁ……」
ぽつりと悲観的な独り言を吐く。いつもは元気で明るく、お転婆なアン子は、すっかり途方に暮れていた。
試験に落ちたら、見習い忍者はもう一年学校で忍術を学ぶ。それからの卒業試験で、一人前の忍者になるチャンスはまた来るのだ。
それでも、アン子は同期の友人達と共に一人前になりたいし、留年なんて専ら嫌だった。
なのに、こんなに練習を重ねても変化の術だけは満足に出来ない…――思わず泣きそうになる。いけない、何か別の事を考えなくては。
(ちょっと気分転換した方がいいかなぁ……)
この修練場と隣り合わせた森は、奥深くに水がよく澄んだ湖を隠している。そこで水浴びでもすれば、少しは気持ちもさっぱりするだろう。
――そう考えたアン子は達磨の様に勢いよく起き上がり、そのまま跳躍して、木々の深い緑に食われて消えた。

かんかんに照った太陽は、地上の空気を蒸し暑いものにさせる。気が滅入ってしまいそうだとアン子は思った。
ぶつかる風すら蒸し暑かったが、目的地に近づくにつれ、それは少しずつひんやりと心地良いものに変わっていった。
「着いたぁっ!」
アン子は自分のいた枝から降り、強過ぎる日光を反射している湖面を目の当たりにする。遥か先にあるごうごうと流れ落ちる滝さえも銀色に光っていて、そのフラッシュの様な眩しさは瞼の裏にも白く焼き付いた。
(誰もいないよね…?)
一見したところ、人影は一つも見当たらなかった。だが、アン子は念を入れて、周りを見回した――誰もいない。
そうと分かったアン子は急に意気軒昂になり、早速服を脱ぎ始めた。帯を解き、上着を脱ぎ、ショーツを下ろす。見る見る内に衣類はしぼんで地面に落ち、対して少女の裸体は露になっていった。

きめ細やかで毛穴すら存在しなさそうな白い肌は、全体にうっすらとかいた汗で光を反射し、一層眩しさを増して輝いている。
胸はお世辞にも大きいとは言えなかったが、弾力に富んでいて、またその頂きには薄紅色をした突起物が飾り付けられていた。
そこから視線を下へとずらしていくと、緩やかな起伏の後に、頭髪と同じく茄子の様に紫がかった黒い茂みが始まっていた。
アン子は仮面を外し、髪を結っていたマゼンタピンクのリボンを解く。長い睫毛に覆われた円らな黒い瞳をきらきらと輝かせながら、これまた長い艶やかな髪で愛らしげな小尻を掃いて駆けていった。

真上から少し西へと降りかけた太陽は、相変わらず水面をぎらぎらと照らしている。樹上に止まった油蝉達がやかましく鳴き、真夏のムードは一層高まっていた。
そんな中。油蝉の交響曲に引けを取らずに轟いている滝の下で、じっと化石した様に立ち尽くしている者がいた。
よく引き締まった両足を開いて仁王立ちになり、アクセサリーをいくつか付けた両手を胸の前で合わせ、一定の勢いを保って、止めどなく降り注ぐ流水に打たれている。
晴れ渡った空をそのまま写し取った様な青い髪は、水を含んでだらりと垂れ下がっている。いささか細いが、よく鍛えられた逞しい肉体はすっかり冷え切って、鳥肌が立っている。
顔面もまるで凍り付いた様に強張っている。だが、顔立ちは整っており、美しかった。
眉は細く短く整えられ、鋭く切れ上がっている。鼻は高めで、筋も真っ直ぐだ。真一文字に結ばれた薄い唇は紫色に変色してしまっていたが、元の色に戻れば、多くの女性がほぅっと見とれる事だろう。
それ程、彼――六は美しかった。



滝に打たれ始めてから、一体どれだけの時間が経っただろうか。真夏だと言うのに、自分の体は冷え切っていて、その上、目が回る程に腹が減っている。もはや瞑想などしてはいられない。
――六はふつふつと沸く雑念に耐え切れなくなり、ふっと目を開いた。藍色の一本の線が二つに分離し、血の様な赤い色をした瞳に外界が映し出される。
それから彼は少し頭を項垂らせて、滝のカーテンから離れた。びしょびしょに濡れた褌が内股に貼り付いて、気持ちが悪い。そう思った時だった。
「こーいーのーまーきびぃーし、わたしのゆくてをー…♪」
「…何だ?」
六はすっと顔を上げた。滝の轟音で気が付かなかったが、自分以外に誰かいたのか。ばしゃばしゃバタ足をする様な音の聞こえる方に向き、六はそいつを見た。瞬時に彼は切れ長でつり上がった目を見開き、呆然となった。

人魚だ。人魚がそこにいたのだ。そんな馬鹿な事があるものかと、六はよくよくそいつを見た。
「オンナ…?」
水と戯れて遊ぶ少女の姿を、彼ははっきりと見た。岩の上に坐っている少女は身に纏うものなく、白い華奢な両足をばたつかせて、水飛沫を上げている。
水浴びをしている内に少し焼けたのか、微かに桜色がかかった白い肌は妖しいまでに映えて見えた。濡れて一層艶が増している黒髪が、丸みを帯びた肩や胸に貼り付き、その曲線を強調している。
決して美人と言える訳でも、取り分け体つきが良いと言える訳でもなかったが、六はアン子を見たまま、その場に釘付けになっていた。
女の裸体に目を奪われるなんてどうかしている、まるで変態じゃないか。そう思えど、悲しいかな、本能的に若き侍はくノ一の少女を見続けていた。次第に胸が高鳴り始め、嫌に呼吸が苦しくなり、頬の辺りが熱くなってくる。

「きゃあぁ!見ないでエッチーッ!!」
はっと我に返る。岩の上の少女が両腕を交差させて胸を隠し、体操座りの様に両足を折り、桃色に染まった顔を肩越しに背けている。六は急に罪悪感と焦りを感じ、慌ててアン子に謝った。
「わっ、悪ィ!そんなつもりじゃなかったんだ!!」
「ひどぉい!!アン子、もうお嫁に行けないーっ!!」
泣き叫ぶやいなや、アン子は六に背を向け、岩から跳躍して逃げようとした。だが、彼女の向かう先の水面は周りよりも色が深くなっている。底が深くなっている証拠だ。
行くなと制した瞬間、水面が割れる音が大きく響き渡った。六はチッ、と舌打ちして、両足に纏わり付く水を押しのけて走り、アン子の後を追う様に湖に飲み込まれていった。

アン子はどんどん沈み込んでいた。冷たい青が深まっていく中、白い泡だけが大量に生まれては、上へ上へと上昇している。対して、アン子は水の奥深くへと下降していた。日光によって煌いている水面がぐんぐん遠のいていく。
酸素が尽き、自分の口からも白い泡が音を立てて生まれる。次第に意識が薄れていき、何かが水中に現れた事を認識したのを最後に、アン子は完全に意識を失った。

カナカナと蜩が何処かで鳴いている。涼しい風がふわりと吹いて、眠っている横顔を優しく撫でた。
その風がふっと止んだ時、アン子は目を覚ました。上半身に忍者服の上着がかけられているだけで、彼女は裸のままだった。起き上がって見ると、ひどく古くなった板張りの床に寝かされていた様で、視界の右側に桃色が乱暴に畳まれて置かれていた。
「誰かがここに連れてきたのかなぁ…」
まだぼんやりしている頭で、周りを見回す。そこはとうの昔に寂れてしまった神社の様で、天井は蜘蛛の巣と埃に塗れている。外の方に目をやると、暖色に燃えている空に、胡麻粒程に縮んだ烏が散らばっていた。
神社はぼうぼうと伸び切った竹林に囲まれていた。突然、強めの風が吹き、それらが一斉にざざあっと騒いだ時、アン子は言いようのない恐怖に襲われた。

「嫌ぁっ、誰か…っ!」
悲鳴に近い叫び声を聞きつけた者が、神社の短い階段をトントン上がってきた。アン子がそちらへ恐る恐る振り向くと、帯も締めずにだらしなく白い着物だけを着て、右手に黒光りする鞘に仕舞われた刀を持った若い侍がいた――六だった。
六は夕陽に照らし出されて、ぼんやり橙がかった少女の顔を見るなり、さっと顔を反らして俯いた。
アン子も肩越しに彼を見たまま、じっと動かなかった。1秒、2秒と時が流れる。
「…早く、服を着ろ」
少し怒った声で六はアン子に促す。アン子は小さくきゃっと叫んで、急いで畳まれている自分の服を手に取った。二人共赤面したまま、言葉を交わす事もなく、それぞれの時間を送った。
ショーツを穿こうとした時、アン子は自分の左足に突き刺さるような痛みを感じた。目をやると、踝の辺りが赤く腫れていて、そこに黒い帯がぐるぐる巻かれていた。その巻き方は畳まれていた忍者服と同じ様に乱暴な様子で、ひどく雑だった。
もしやと思い、アン子は階段に坐っている白い着物の背中に声をかける。

「ねぇ、」
緊張して、声が震える。着物はぴくりとも動かずに、西日を浴びている。
「あなたが…手当てしてくれたの?」
「ああ」
ぶっきらぼうな返事が返ってくる。服を着終えたアン子は、六と同じ方向を向いて坐る。
橙に照らされた、逆立てられた青い髪が微風で微かに揺れた。
「ありがと」
次は返事はなく、右肩に刀を重ねる軽い音だけがした。それでもアン子は黒い瞳を潤ませて、感謝の笑みを六に向けていた。そのくすぐったい視線に耐え切れなくなったのか、少ししてから赤い瞳がアン子に向けられた。
「今のオマエにゃァ、夜道を歩くのは無理だ。…悪ィが、今晩はこの助平と野宿してもらうぞ」
「はい……」
見知らぬ男と一晩を共にする事は非常に不安だったが、アン子は六に全てを委ねるかの様に、承諾した。

満月が下界を青白く照らし、夜空に散りばめられた満天の星がちらちらと燃えていた。
まさに星月夜の下、竹薮の中に忘れられた古びた神社で、男女は長い夜を過ごす。
アン子は床の上で横になり、すやすやと安らかな寝息を立てて眠っている。六はそんな彼女を守るべく、右肩に刀を立てかけたまま、じっと坐り込んでいた。
「うぅ…ん……」
悩ましげな声を漏らして、アン子は体を捩る様に寝返りを打つ。それから彼女はふと目を覚まし、自分が寝入る前と全く同じ状態の六を見て、寝惚け眼を擦りつつ、のそのそ起き上がった。六はまた見向きもせずに、前方だけを睨んでいた。
「寝ないの?六さん」
「ああ」
相変わらず六は無愛想だった。アン子は這う様にして下半身を引き摺って、彼の方へ近付いていき、そして隣りに坐り込んだ。
すると、それまで竹薮ばかり見つめていた六は、困惑した様な顔でアン子を見た。左肩に凭れかかっていた頭を擡げ、にこりと笑いかけられた瞬間、心臓がきゅうんと痛んだ。間もなく鼓動が早まり、頬だけでなく全身が熱くなる気がした。
「なっ、何だ…」
言いかけた途端、首に腕を回して抱き付いたアン子に、強引に唇を塞がれた。

「ふ…ぅ……んぐっ、うふぅぅ…ちゅば……」
「んむっ…んむぅ……ちゅく…ちゅうっ…」
六はそのまま後ろに倒れ込んで、天を仰いだまま、接吻を強要されていた。相手は円らで愛らしい瞳をとろんとさせて、蕩けそうなほど柔らかく、甘い舌を絡めてくる。
卑らしい粘着音が六の羞恥心を煽り、混ざり合った唾液が彼の口の端から溢れ、シャープな陰影を描いている頬を伝って、首筋へと流れた。
「ッ…は……」
ようやっとの事で解放された六は着物の袖で口元を拭いながら、もう片方の手を支えに、ゆっくり起き上がった。瞳は鋭さを増し、ぎろ、と腹の上にいるアン子を睨んでいる。
「テメ…何しやがんだ……」
「え、いけなかったの?」
臆する事なく、アン子は上気しかけている顔をきょとんとさせて、言葉を返した。意外と言うより、頓狂な発言に、六は思わず黙り込む。少し間を置いて、アン子は悲しげな表情を貼り付けて、静かに問いかけた。
「…アン子の事、キライなの?」
「い、いや、嫌いってェ…事は……ないけどよ……」
『嫌い』だなんて言ったら、アン子は大声で泣き出すかもしれない。面倒な事になるのはごめんだ――六はそう思っていたが、実際はアン子が嫌いな訳ではなかった。顔立ちが可愛らしく、性格も素直で明るいアン子の事が、本当は――

「ただ…煩悩に振り回されたくねェから、こういう事はしたくねェんだ」
剣と言の極地を究める為にも、六は自らの嫌う煩悩と己を切り離す事に固執していた。煩悩に惑わされ、振り回されていては、己を鍛え上げる事なぞ出来はしない。その為、六は外界と自分を交じ合わせない様、常に独りで世をさすらっているのだ。
だが、アン子はその事を微塵にも知らない。自分の想いを拒絶する言い訳を六がしている様で、ひどく腹立だしかった。いや、それ以前に悲しかった。
「さんざんアン子のヌード見といて、今さら煩悩がどうとか言えるワケないでしょ…六さんヒドイよ、アン子はどうされてもいいのに……」
「アン子……?」
途端に、六の着物に生温かい液体がぱた、と落ちた。

後編へ

動画 アダルト動画 ライブチャット