ショルキー×ジュディ


…帰ってくる。


彼は空港の広場で、ひとりの少女の到着を待っていた。
派手な赤い髪に、黒いスーツ。
サングラスをかけているので、素顔が分からない。すらりとした長身…
名前はショルキー。音楽プロデューサーを務めている。
(そろそろ…か)
――前方の扉から、ぞろぞろと荷物を抱えた人達が出てきた。
飛行機から降りてきた客である。この中に、彼の待ち人も…
(おっ)
…見つけた。
向こうの方もショルキーに気付いたようで、互いに手を振りながら、歩み寄った。
「ショルキーさん」
互いに立ち止まり向き合うと、少女が笑って彼の名を呼んだ。
「久しぶりだな、ジュディ」
「…はい」
――彼女の名前は、ジュディ。
鮮やかな金髪に、深い青の瞳を持つ少女…だがそれは人目につかぬよう、帽子と伊達眼鏡に隠れている。
ジュディは――ショルキーがプロデュースしているダンサーであり、歌手なのだ。
「あはは、すっごい色ですね、髪の毛」
「まぁな」
真っ赤な彼の髪を見て彼女が笑う。
――ジュディは半年の間、ショルキーの元を離れ、歌唱トレーニングのために海外へ渡っていたのだった。
だから、ふたりが顔を会わせるのは、久々の事なのだ。
「お前も、見ないうちに少しは痩せたんじゃないのか?」
「や…やだな、もう…まあ、キツかったし? なんて…へへっ」
互いの変化を、微笑み合う。
「これからどうする? 夕食は…まだだよな」
「はい。わたし、お腹すいちゃいました」
「じゃ、適当に食べに行くか…」
ジュディはうなずく。ふたりは駐車場の方まで歩いていった。
「あれっ、あの人どっかで見たことあるよーな…?」
――すれ違う人が声を出す。
それを聞いてかショルキーは早足になる。
(…もう、)
ジュディも軽く顔を伏せ、それについていく。
引きずっていたキャリーカートの車輪の回転が速まり、ゴロゴロ音を立てた。
…彼女の帰国は、お忍びなのだ。
それはジュディが報道陣に囲まれるのは嫌だ、と事前にショルキーに伝えておいたからだ。
だが――

(テレビに出てるときと、あんまり格好変わんないし…)
ジュディは心の中で愚痴を言った。
――一応、彼女自身は、真の姿がすぐ分からないように軽い変装をしている。
(…わかって、ないなぁ…)
ジュディは深く溜め息をついた。


「で、向こうはどうだったんだ?」
二人は車に乗り込んで、すぐに外へ出た。
「…」
「ジュディ?」
ショルキーは運転をしながら助手席のジュディに声をかけるが、彼女は不機嫌そうにそっぽを向いている。
「…どうしたんだ」
「…知りません」
(…俺、何か悪いことしたか…?)
ジュディは何かに腹を立てている。だがその理由がショルキーには解らないのだった。
(弱ったな)
――久しぶりに会うものだから、彼女とどうやって会話したらいいのかすら悩んでしまう。
「…ごめん」
「…」
ショルキーが謝ると、ジュディは無言で視線を彼の方に移した。口元は、への字のままだが。
(どうせ、わたしが何で怒ってるか、分かってないんだろうけど)
ジュディは、運転するショルキーの横顔を見つめた。
彼の視線はサングラスに隠れて、はっきりとは分からない。
…ジュディがショルキーの素顔をまともに見たことは数えるほどしかない。
理由は知らないが、彼は世間に本当の姿を晒すことを避けているのだ。
――赤信号。ブレーキがかかり、車が止まる。
「…頑張りましたよ。向こうで」
彼女は先ほど問われたことの返事をする。
「自信、つきました。
だからこれからの仕事、自分でも納得がいくように、
…ショルキーさんにも納得してもらえるように、こなせるって、思います」
「…そうか」
ジュディの力強いその言葉に、ショルキーは深く安心した。

「それは…良かった」
信号が変わる。彼はそう言って、アクセルを踏んだ。


「美味しかったー! やっぱりここのお店、いいですね」
――スタッフの間で行きつけのレストラン。
ジュディが海外に渡る前にも、よく行っていた所で、料理が絶品なのだ。
久しぶりに来たとあって、ジュディは喜んで食べたのだった。
「で、機嫌は直ったか?」
「…さぁ。どうでしょうね?」
ショルキーの質問に、彼女はいたずらっぽく答えた。
(…食べたら機嫌が良くなるとか、…わたし、そんな単純じゃないし)
…心の中でつぶやく。
「で、早速仕事の話で申し訳ないんだが」
「はい」
「近い内、早速1曲作りたいと思うんだ。…何か、希望とかあるか?」
「…」
…久しぶりに、実感が沸いてきた。
自分が歌手であるということ。
半年間、きついトレーニングに耐えてきた。
今回はそれの成果を思う存分、出したいと思う。
それから…
(…)
ジュディはショルキーの方を真っ直ぐに見て、少し考えたのち、言った。
「――歌詞を、書きたいんです」

*

――新しい事に挑戦したい、とジュディは言った。
(成長したもんだなぁ)
ショルキーはスーツの上着を脱ぎ、パソコンのあるデスクに向かった。
…あの後店を出て、ジュディを自宅――とある高層マンションの一室。
芸能人が多く住んでいる――まで送り届け、自分もそこの別の階の自室に帰宅した。
「…」
思い出すのは、3年ほど前のこと。

ショルキーは音楽プロデューサーとして一躍有名になり、色々な場所から引っ張りだこになっていた。
だが、彼自身は、そんな状況に納得がいっていなかった。

――売れることだけが、いいことなのか?――

流行に合わせ、周囲に媚びただけの音楽を作り、稼ぐこと。
…それは彼が本当にやりたいこととは違っていたのだ。
そんな風に仕事に嫌気がさしていた時、ふと誘われたように入った、通りがかったクラブ。
そこで見つけたのが…舞台の上で生き生きと踊っていた少女、ジュディだった。
ショルキーは彼女に不思議と惹かれ、スカウトした。
ジュディはそれを快く承諾し、そして二人は今に至る。

ジュディと関わりはじめてから、ショルキーの環境はガラリと変わった。
今までの仕事から縁を切り、単なる売れるためだけのものではない、自分の作りたい音楽を、ジュディを通して発表していった。
彼は久しぶりに、仕事が楽しいと思った。
また、活動を重ねていく度に成長していくジュディを見るのが嬉しかった。
(俺は、奴に救われたのかもしれんな)
――頭のなかに住み着いた、ジュディの笑ったり、怒ったり、といった色々な表情が巡る。
彼女の隠れた才能だけではなく、別の意味でも、最初から惹かれていたのかもしれない。
プロデューサーとしてではなく、違う立場で彼女を見てしまうたびに…
(駄目だ)
と思う。
自分と彼女はひとまわりぐらい年齢が離れている。きっと何かの、気の迷いだ。
それにジュディ本人に、自分が考えていることが悟られてしまったら…
きっと、今の関係は終わってしまうだろう、とも思う。
だが久しぶりに会った彼女を、やはり愛しく思ってしまった。
(…今日はさっさと寝るか…)
結局何もしないままパソコンの電源を切り、ショルキーは部屋を出た。


その頃のジュディ。
「ふう…」
風呂からあがり、バスローブを着て、久しぶりに見るソファに座ってくつろいでいる。
(きれいになってるし…)
この部屋はショルキーがジュディのために用意したものだ。
半年も居なかったのだから当然ホコリかぶっているだろうと、帰ってまず彼女は掃除をするつもりでいた。
だが予想に反して部屋はきれいで、多分彼が片付けたのだろうと彼女は思った。
(…言っちゃった)
ずっと歌詞が書きたい、と思っていた。自分の気持ちを、形にしたかった。
久しぶりに会って、気持ちは高まるばかりだった。
(だめよ…)
自分と彼は、歌手とプロデューサー。それ以上でも、それ以下でもない関係…。
もしこの想いを知られたら――ショルキーに迷惑がかかると思っていた。
(ただの子供だとしか思われてないんだろうな)
そうやって自分のなかで否定的なことを考える度に、胸が苦しくなる。
…だから、せめて一生懸命いい仕事をしようと思った。そうすれば…彼と一緒にいられるから。
クラブで踊ることで、自分の中の気持ちをごまかしていた、つまらない生活を送っていた自分。
そこから抜け出せたのは、彼のおかげだった。
(…頑張ろ)
ジュディは立ち上がって、机のある部屋に向かった。

*

「せっかくジュディちゃんが帰ってきたばかりなのに、すまなかったね」
「いや、別に…帰国の日が決まる前からの予定だったしな?」
――今日、ショルキーは、仕事仲間のアイスがプロデュースしているタイマーのライブのバックバンドに出演した。
今はライブ後の楽屋でアイスと話している。
「しかし凄い人気だな、タイマーは」
ホールに響きわたるファンからの声援の凄さを今日ショルキーは身をもって体験した。
「いやいや。 …そっちも勿論、ジュディちゃんの新曲早速出すつもりなんだろ?
ファンが首を長くして待ってるさ」
「まあな。…しかし」
「え?」
ショルキーは持っていた缶コーヒーを飲み干して、話の続きを言った。
「ジュディの奴、歌詞が書きたいとか言って…
それはいいんだが、帰ってきて会ったとたん、怒り出したり…
とか、帰国はお忍びがいいとか、1人で迎えに来いとか、いちいち注文つけてきたり…
まったく、ワケがわからん」
――そんな愚痴を聞いて、アイスはぷっ、と吹き出した。
「…何だよ。おかしいか?」
「いやいや。…それってさ…。――まあ、いいや。今日はお疲れ、早く帰ろう」
アイスは微妙に何かを誤魔化した様子で立ち上がって荷物をまとめた。
(…わけわからん…)
ショルキーも荷物を抱えて楽屋を後にした。

夜道に車をかっとばし、ショルキーは自宅に戻った。かなり疲れたので早く休みたかったのだ。
マンションの廊下を渡り、自分の部屋のドアの鍵をあける。
――ひらり。
(…なんだ?)
ドアを開けた勢いで、何か封筒が彼の目の前を舞った。
「…」
それを拾う。白い大きめの封筒の表面には…
「できました」
女性的な整った字でそう書いてあった。名前はなくとも、誰からのものかショルキーにはすぐ分かった。
「ジュディ…」
中身は勿論――。
「こりゃ、今日は寝られないな」
誰に聞かせるでもなく苦笑してそうこぼし、ショルキーは部屋に入った。


ショルキーは寝ずに、その歌詞に曲を付けた。
ジュディの歌詞は…素直で、優しかった。

――”偶然再会したあなたに恋したの 不思議だよね… ”



*

曲が完成し、練習を重ねた。
そして…ついに、レコーディングの日がやってきた。
「眠そうだな」
「ん〜…はい…5時起きで出かけるなんて久しぶりで…」
そんなジュディの返答がおかしくて、ショルキーは苦笑した。
今日は遠くのスタジオで収録し、その近くのホテルに泊まるというスケジュールだ。
早めに行かなければならず、まだ空が薄暗い中で2人は車で移動していた。
ジュディは運転するショルキーに並んで助手席に座っている。
「…着くまで寝てもいいですか?」
「どうぞ。着いたら起こしてやるから」
「ありがとうございます…」
ジュディはそう言うと背もたれに深く寄りかかって目を閉じた。
(――やっぱり、中身は普通の子と変わらないのかね)
いくらアーティストとして訓練し、仕事をしていても。
朝に弱かったり…中身はその辺の、普通の少女と変わらないのだ。
――空いている高速道路を走る。少しすると、隣から寝息が聞こえてきた。
ショルキーは誘惑に負けて、ジュディの顔をチラ、と見た。
頬は紅潮していて、少し厚めの唇が、ほんのちょっと開いている。
(無防備なやつ…)
――とは思ったものの何もしない。流石にそのくらいの自制は利くというものだ。
「…」
彼女が書いた歌詞に、ショルキーには少し気になった部分があった。
創作というより、まるで彼女の気持ち自体を言葉にしたようなものだったからだ。

――彼女は今、誰かに恋をしている…。


「ジュディ。着いたぞ、」
「ん…あ。すいません」
軽く肩を叩かれ、ジュディは目を覚ました。ホテルの駐車場だ。
2人は車から降り、トランクから荷物を下ろし、ホテルにチェックインした。
もちろん別々に寝るので2部屋取ってある。
そして、その部屋に荷物を置き、スタジオへ向かい、スタッフに挨拶をした。

「久々だけど大丈夫なんだろうな?」
ショルキーが軽い気持ちで聞くと、
「――…はい…まあ…」
気丈な返答がくるだろうという彼の予想とは大きく外れ、ジュディの言葉は沈んでいた。
(…緊張してるのか…?)
ショルキーはそう思ってさして気に留めなかったが――
実際、ジュディの胸中は違っていた。


少しの発声練習の後――ついにレコーディングが始まった。
ジュディはマイクの前に立つ。ショルキーは側の機材のある部屋から、ガラス越しに彼女の様子を見た。
曲のイントロが暫し流れ――声が入る部分にかかる。
「ひ…」
…ジュディの声が上擦った。うまくタイミングを掴めなかったのだろうか?
曲が止められる。
「おーい、どうしたの?」
「すみませんっ」
スタッフの男性に声をかけられ、ジュディは申し訳なさそうに頭を下げた。
――だが、これは序の口――この後も、何度も何度も、ジュディは失敗し、うまくレコーディングは進まなかった。
(なんなんだ、これは――今までこんなミスする事は無かったのに…)
流石にこれは様子がおかしいと思ったショルキーは立ち上がり、
「すいません、ちょっと一旦休憩にして」
スタッフに声をかけ、ジュディに目で合図して側に来させた。
「…どうしたんだ」
「すみません」
ジュディの表情は沈んでいる。
(…自信あるって、言ってたのにな)
帰国してきた時の彼女の表情を思い出す。
今、彼の目の前にいるジュディは、その時とまるで正反対の顔をして、うつ向いている。
下手なことは言わない方がいい、と彼は思い、ジュディの肩をポン、と叩いた。
「あっ…」
ジュディは驚いた様子でショルキーの顔を見上げた。
「今日は調子悪いみたいだけど、誰だってそんな日はある。
もし今日終わらなくても、また明日やればいいから不安に思わなくていいぞ」
「…はい…」
ジュディは再びうつ向いた。
「…がんばります…」
そう呟いて、彼女はペコリと会釈していった。
ショルキーはスタッフのチーフに声をかけ、レコーディングが再開された。

――ジュディはそれでも、気持ちの整理がつかないままだった。
(もう…)
ショルキーの優しさが、痛かった。
肩を叩かれた時の、大きな手の感触が消えない。彼の声が頭から離れない。
そしてそれらは彼女の心を揺らし、乱していく。
…イントロが流れ出す。
(だめ…)
時間は止まらない。歌い出しが近付いてくる。だが、もはや彼女にそれを聞く余裕さえなかった。
(…歌えないよ…)

彼女の頬を涙が伝った。
曲は歌い出しを過ぎて空しく流れた。
――耐えきれず、ジュディはその場を飛び出した。

「おい! …ちょっ、…すいません、」
その様子を見ていたショルキーはスタッフに声をかけ、慌てて彼女の後を追いかけた。
(何があったんだよ…!)
ジュディが泣いていた。…朝はおかしい様子は無かった。
このスタジオに来て、何か心境の変化が起こったに違いない。
きっと久々だからとか、緊張しているからとか、そういう次元からではない理由で。
ショルキーにはそれが全く分からなかった。 ――自分が原因である事も知らずに。
追い掛けているうちに外へ出た。空は暗くなり始めている。
「ジュディ!」
彼女は運動神経がよく足も速い。だが、流石に男のショルキーには敵わない。
すぐに追い付かれ、ショルキーは彼女の手首を掴んで動きを止めさせた。
「どうしたんだ、いきなり逃げ出したりして! スタッフに迷惑――」
ショルキーは息を切らしながらとっさに声を出したが、ジュディの顔を見てハッとして言葉を止めた。
彼女はまだ、泣いていたのだ。
「ごめん…言い過ぎた」
「離してくださいっ…」
ショルキーの謝罪を聞く様子もなく彼女はぽろぽろ泣いて腕を振り抵抗する。
けれど、その力は微々たるものだった。
「…仕事が嫌か?」
ショルキーの問いに、ジュディは黙って首を振った。
「体の調子は?」
――これにも、首を振る。
「じゃあ…」
ショルキーは少し沈黙した後に、こう聞いた。
「俺が嫌いか?」
「!」
ジュディはハッ、として彼の顔を見る。
「全然…違いますよ…」
彼女は彼の――サングラス越しではっきりとは判らないが――目を見ながら言った。
まだ涙は止まらず、肩は震えている。

「嫌なのは自分…恥ずかしくなって、嫌になって…仕事なのに何してるんだろって…」
「…何の事だ?」
そう言われても、ジュディの仕事には今日まで何も問題など無かったと思っていたショルキーには何が悪いのか分からなかった。
「わたし、もう我慢できなくなりました。…駄目だって…分かってるのに。でも」
ジュディは手で涙を拭って続きを言った。
「好きです」

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