ムラサキ×桔梗


桔梗は必死に考えていた。

何がどうして今この時、こんな状態になっているのか。
一瞬にして混乱した頭は考えを上手く纏まらせてくれない。
それでも必死に記憶を辿る、この事態を説明しえる何かが見つからないかと。


夜を通して続いたある仕事、それが終わった頃には既に空は白みかけていた。
何時もは人の多いこの街の路地にも、そんな時間には殆ど誰も歩いていない。
そんな異世界に紛れ込んだような錯覚を覚える朝の街で、同じく夜を通して「仕事」をしていた顔見知りの女…ムラサキに出会った。

仕事が明けた者同士、ちょっとお茶でもしないかと誘われて断る理由もさしてなく、彼女の店へと入っただけだった。
店のカウンターやソファでは落ち着かないだろうと通された奥の部屋。
ムラサキが暮らす部屋の一つだというそこで出された温かい茶を啜り、他愛も無い話をしながら…といってもムラサキがかける言葉に、桔梗が短く答えるのが殆どだったが、
とにもかくにも、そんなやり取りの中こんな事をされる要素は無かった筈だ、と桔梗は思う。

「…ッ、何を…」
「ん? アンタが随分と"寂しげ"に見えたもんだから。
 アンタはあのパーティの時からずっとそんなだ…何だかいとおしくなるほどに」

何の前触れも無く、予備動作も酷く静かに。
唐突に桔梗の唇を塞いだムラサキは、僅かに身を引いて笑う。
口付けられていた時間は、ほんの一瞬。

意味が解らなかった。
"寂しげ"に見えたというが、そんな話はしていただろうかと。
自覚の無いまま、自分はどんな表情をしていたというのだろうかと。
…そして何より、それらは今のムラサキの行為に対する説明になってはいない。
仮に真に"寂しげ"であったとして、

何故彼女が私を「いとおしい」と思う理由になる?

桔梗の心に浮かんだ疑問には、すぐに答えが返ってきた。

「…なんてのはまァ、都合のいい言い訳だね」

ぐ、と桔梗の肩が押さえられた。ムラサキが少し頭を近づければ、また唇が触れ合うような至近距離。
ムラサキと桔梗はさして大きくない卓を挟んで腰をおろし談笑していたはずなのに、いつの間にムラサキはこんなにすぐ傍にきていたのだろう。
「実を言うとね」
真っ直ぐな瞳が、戸惑いに揺れる桔梗を覗き込んでいた。
「アタシはアンタに惚れちまったのさ」
「……」
一瞬、桔梗の一切の思考が停止した。
ムラサキの唇が紡いだ言葉の意味が理解できなかった。
「惚れちまったんだよ」
もう一度、同じ言葉を繰り返される。
理解するにはもう少し時間がかかるとしても、その言葉の音だけは確実に桔梗の耳へ、脳へと浸透していく。
「何を…」
「馬鹿な事を、って言いたいんだろ? 最もだね。アタシは女で、アンタも女だ」
絡め取られた視線が外せない。
目を逸らし肩に置かれた手を払い退ければ、少しでもこの現状が打開できそうなものなのに。
ムラサキの視線は、桔梗の視線を捕らえて離さない。
「けどね、そんな事は関係ないのさ。
 理由なんてものは後付だし、気づいちまったらアタシはそれを無視できない。
 アンタに惚れた理由を探して過去を振り返ったって、そんなものはとっくに脚色されちまってる。
 だからアタシは今しか見ない、アタシはアンタに惚れちまって…アンタをもっと知りたいと思った。
 今はそれだけがアタシの中の現実。」

桔梗は返す言葉も見つからぬまま、回る思考を整理していた。
理解を拒み始めた頭は、その時点で既にムラサキの"本気"を理解している。
だからこそ、混乱は増すばかりで。

「アンタはずっとそんな寂しい眼をして生きていくのかい?」

そんな自覚は桔梗には無い。
"あの日"以来、自分には何も無い。
そう思って、生きてきた。

「空っぽの眼、哀しみでもありゃもう少し違うだろうに。
 アンタの眼はあんまりにも空虚だ、だから"寂しい"。
 アタシはそんなアンタを見てられないんだよ」

埋めてやりたいのさ、とムラサキは呟く。
肩に置かれた手が滑り、桔梗は頭を抱かれた。
「もう会うこともないだろうと思ってたよ、けどこの街にはアンタが頼まれるような仕事も多いんだろうね。
 何の偶然か知らないけど、パーティの後この街で何度もアンタを見た。
 …見つけられるようになってた、探してたのかもしれないね、無意識の内に」
柔らかい抱擁。鼻腔を掠めた香は仄かに甘く、じわりと頭に染み込んでくるようだ。
「こりゃ一目惚れでもしたかね、アタシともあろうものが珍しく。そう思ったよ」
思考することに疲れた脳を癒そうとしているのか、眠気さえ訪れかけたその時、

「……アンタにそんな目をさせるようにした誰かには、正直怒りさえ覚えてたよ」

その言葉に、意識が一気に覚醒した。

「何を…馬鹿なことを…!」
「っと」
何がそんなに気に障ったのかはわからなかった。
けれど桔梗はこみ上げた感情の突き動かすままに、ムラサキの抱擁を強引に押し退けていた。
理性が働いたのか突き飛ばしはしない。故に体は完全には離れず、ムラサキの手はまた桔梗の肩へ。

桔梗の胸の内で、思いが渦巻く。

貴女は知らない、彼の人の事を。
貴女は知らない、彼の人の身に何があったのかを。
貴女は知らない、彼の人を喪ってから私が今まで…。

今まで、どんな想いを抱いて生きてきていたのか。
自分さえわからなくなっているそんな状態を。

「……御主は、何も知らぬ癖に」

勝手な推測を立てて、彼の人に勝手な怒りを覚えるなど。

心の中に渦巻いた怒りが、口をついて出かけたその時。

「あァ、知らないさ」

激昂したその心に冷水を浴びせるように、いともあっさりとムラサキは認めた。
そう、自分は何も知りはしないと。

「…知らないけれど、正直な所アンタの過去はどうだっていいね。
 アタシはパーティで初めて会ったアンタと街で見かけたアンタ、そして今目の前にいるアンタしか知らない。
 ホラ、今のアンタにはちゃんと想いがあるじゃないか、アタシはそんなアンタが見たかったのさ」

……違った。
勝手な推測を立てているのではなく、引っ掛けのようなものだったのだろう。
知らないからこそ、知ったような口を聞いて桔梗を怒らせた。
無気力だった桔梗に、何でも良いから行動する気力を与える為に。
桔梗の"意思"というものを、見たかったのだと。

それに気づいた桔梗の肩から、力が抜けた。

「私は…」
どうしたかったのだろう? と考えをまた巡らせる。
喪った直後は悲しみもあった、寂しさも自覚できるほどにはあった。
けれど時が経ち、少しずつ思い出が色褪せていくことから逃れられず。
…その事実に恐れを感じて、

「ねエ、桔梗? アンタは自分の心に蓋をすることで思い出を永遠にしようとしたのかい?」

見透かしたようなムラサキの言葉に、桔梗の体は震えた。

「…そんな、つもりは」
「どうだかね。これから先は本当にアタシの勝手な推測だ。
 間違ってりゃ反論すればいい、怒っても当然だね。まあ聞きなさいな。
 
 アンタは辛くなるから思い出を見ない振りで誤魔化した。
 その内誤魔化すまでもなく、記憶が色褪せ始めてくる。
 散々誤魔化してた割には耐えらんなかっただろうね…後生大事にあれを持ち歩いてるくらいだ。
 そして、そう。たった一つ残されたそれを手放すこともできなかったくせに、アンタはその気持ちに気づかない振りをした。

 唄を歌う時以外は」

唄。
パーティで奏でた音。
あれを歌っている時の自分だけが。

「唄を歌ってる間だけ…アンタはアンタでいられた。アタシにはそう見えた」

ゆっくりと、また抱かれる。
押しのけることもできないまま、桔梗は呆然とその身を任せた。

「思い出や気持ちにそんな重い蓋を被せたままじゃ、アンタは本当に感情を殺しちまうよ」

それじゃあ歌う時だけに人であることを許されたような人形じゃないか、と耳元で囁かれる。
背に回された腕に、力が篭るのを桔梗は感じた。
「アタシはアンタに惚れちまった。だからそんなアンタは見たくない。
 …考えてごらんよ、その誰かさんだって、アンタがそんな風になっているのを良しとすると思うかい?」
ムラサキの視線を追うことはできない。
けれど彼女が何を見ているのか、桔梗にはわかる。
傍らに置かれた包みの荷物。その中には、彼の人の遺骨が入っている。
彼を喪ったその日から、ずっとずっと持ち歩き続け…面影を見出して涙していた時もあった。
あったのに、いつからかそこに何かを見出すことをやめていた。

見出せなくなる日が来るのが怖くて。

「…妬けるねェ。死んじまって尚そこまで想われてるなんてさ」
ふと二人の体が離れる。
未だに呆然としている桔梗の頬を、ムラサキは両手で包み込んだ。
「アンタを解放してやりたい…なんて偽善は言わないよ」
吐息が唇に感じられるほどに、近く。
「アタシはアンタを奪いたいんだ」
言うや否や、再び唇を塞いだムラサキに桔梗は目を丸くした。
湿った何かが唇をなぞる冷たい感覚に意識が急速に覚醒していく。
「ん――!」
目を閉じ、引き剥がそうと相手の肩を押した。
しかしムラサキは首と頭を抱いてその距離を離さない。
ムラサキの舌と唇は執拗に桔梗の唇をなぞる。
それ以上割り入ってくるでもなく、ただ甘噛む様に。
どれ位そうされていたのかわからない。ただ次に唇を解放された時には、桔梗の体は冷たい畳の上に押し倒されていた。

な、何を…!」
「だから言ったろう? アタシはアンタを奪いたいんだって。
 そんなしみったれた過去から、頭だけになった男から、自分を殺そうとしてるアンタ自身から、ね」
ムラサキの下で桔梗は身をよじったが、一見細身に見える彼女のどこにそんな力があるのか、押さえ込まれた体は僅かに動かせるだけ。
「ずっとこうしてやりたいと思ってた、アンタ男の経験はそいつだけだろう?」
「…っ」
「おやおや、それともその男とも一度もしないままだったのかい」
「それ以上私を侮辱するのなら、舌を噛み切るぞ…!」
剥き出しの敵意を視線に乗せてぶつけてくる桔梗に、ムラサキはほくそえんだ。

「そう、それでいいのさ」

体全体で桔梗を押さえ込みながら、ムラサキは細いひとさし指を桔梗の唇に宛がい…そのままねじ込んだ。
「ん…ぐっ!?」
「自分の舌を噛み切るなら、まずアタシの指を食いちぎらないとねェ」
からかうように、指先で舌を撫でる。
思いがけず半開きになる口から、時折小さな声が漏れ出た。

ずっと相手を引き離そうと、唯一ムラサキと自分の間に差し込まれた腕で押し退け続けているのに、そんなものはまるで感じていないようにムラサキは笑っている。
「まァアンタに経験があろうとなかろうと、それもどうでもいいけどね」
「…っ」
「何か言いたそうだねえ。馬鹿にするなって目をしてるよ」
実際、桔梗はそう思っていた。
彼の人とて男だったし、そういう願望は持ち合わせていた。
自分もなかったとは言わない、体を重ねたこともある。
だがそんなことは人にからかわれ暴露されることではないだろう。
「アタシも色々な男と付き合ってきたけどね…女もだけれど。でもこんな気持ちになるのは初めてなんだよ」
ムラサキの視線が桔梗の目をまっすぐに射抜いた。
引き抜かれた指が、離れていく。
「アタシは本気だよ」
淀みのないその声に、桔梗の背筋が凍る。

「観念するんだね、アンタが一人身じゃなかったらさすがに手も出さなかっただろうけど。
 アタシはもういもしない男に惚れた相手をくれてやるほど、優しかないのさ」
「……」
まただ、と桔梗は思った。
絡め取られた視線が外せない。
自分の唾液で濡れた指が首筋を撫でていく感触に、肌が粟立つのを感じながらも逸らせない。

(そんな)

思考が巡る、巡らせたくなどないのに。

(私は、まさか)

このまま抵抗し続け、強引に事を進められれば恨むこともできるだろう。

(ほんの少し、話をしただけではないか――!)

なのに、自覚してしまっている、心のどこかで。

――自分は、この女性に惹かれ始めている、と。

「おや? 急におとなしくなったネェ、どうしたんだい」
「……」
今日この短い間に何度言葉を失っただろう。
桔梗は必死の思いで目を逸らして伏せた。
ムラサキの想いを理解することはできていない、同性の相手を本気で恋愛対象として好きになるということが、どういうことかまだわからない。
けれど彼女が"本気"であることは理解でき、それを受けてただ否定するだけではなく戸惑っている自分がいるのもわかる。

思えば、彼を喪ってからあてもない旅を一人で続けていた。
長いようで短い旅の最中、あの神に声をかけられパーティに参加し…そこでも特に誰と話をするでもなく。
終わればまたいつものように旅が始まろうとしていた。
たまたま会場近くで依頼された仕事がそれなりに長引き、すぐに他の場所へは移れず数日を過ごし。

その間、殆ど誰とも話していない。

自ら望んでそうしている自覚はあった、誰も近寄らないようにと。
そんな自分を、ムラサキは見つけられるようになったという。
そして今日、声をかけてきて。

(私は…)

視界が滲んだ。

(寂しかった、のか?)

圧し掛かる重みに怒りを感じながらも…どこかに安堵の感覚も落ちているのが急速に理解できた。

「おやおや…まだ泣く事ないだろうに」
桔梗の目尻に浮かんだ水滴をムラサキは舌を寄せて舐め取る。
抵抗されるだろうかとも思ったが、身動き一つしない桔梗にムラサキは眉根を寄せた。
視線はかみ合わない。

「…まったく」
だからムラサキはそのまま舌を、
「…っぁ!?」
耳に這わせて、耳朶をねぶった。
「な、何を…!」
「勝手に一人で考え込んでんじゃないよ。
 アタマ来たね、何も考えられないようにしてあげるよ。アタシだけ感じられるようにね。
 ちょっとした荒療治になるけどアンタが悪い、感情の消えたお人形さんになんざさせてやらないよ」
言って、耳の中にまで尖らせた舌を這わせて舐めあげる。
「…っく…ぅ」
「耳が弱いんだねエ、じゃあこんなのはどうだい」
「っふ…ぁ!?」
舌の感覚が消えた瞬間、耳に口付けられて吸われる。
たったそれだけの事なのに、腰のあたりから急速に力が抜けていく。
まるで、耳から力を吸い上げているようだった。
「や、やめ…っ」
「随分長いことしてないんだろう? アンタは自分で慰めるなんて事しなさそうだしねエ」
「――ッ」
耳元でムラサキが笑っている。見えないのに知覚できた。

肩がいやに涼しくなっていくのは、衣服を摺り下ろされているからだろう。
「ゆっくり思い出させてあげるよ、やっぱり知らないわけじゃなさそうだからね。
 …思い出すより先に体が走りだしゃそれでもいいさ」
「離…せ!」
「往生際の悪い子だよ」
刹那、肌着の下に手を差し込まれ、
「今時サラシなんて珍しいものしてるんだねェ」
白い布の上から胸を掴まれた。
「は、離せと…!」
身を捩って押しやろうとしても意味がなく、ムラサキは身を浮かせると空いている方の手で思い切り桔梗の肩を押し付ける。
「大人しくしてないと痛いだけだよ、とっくにここは固くなってるんだから」
「は…ッ?」
幾重に巻かれた布の上、もっとも膨らんでいるところの先端をムラサキの爪が軽く引っかく。
妙にもどかしい疼きが走り、桔梗は小さく首を振った。
「このまんまじゃ苦しいでしょうに?」
肩に舌を落とし、首筋を舐め上げてやれば桔梗の背が僅かに浮く。
「嫌…だ、止めろ…!」
抵抗の声も無視して、織り込まれた布を探り当て…あっさりとそれを解いた。

「は…っ」
「楽になったんじゃないかい」
浮かせていた背を落とし息をついた桔梗に、ムラサキは微笑みかけてそういった。
桔梗の黒い肌着の下で緩んだ布が広がる。
それを掻き分けながら、ムラサキの手が桔梗の胸に直に触れてきた。

「張りのある胸だねえ、羨ましい」
「も、もう…離せ」
「なに言ってるんだい、これだけでちょっとくたっちまってる癖に」
「誰の…せいで」
「ああアタシのせいだろうね、だけどまさかここまで弱いとは思わなかったさ。溜めてた反動かい?」
ぎり、という音がした。
恐らく奥歯をかみ締めたのだろう。
顔を真っ赤にしてそっぽを向く桔梗に、ムラサキの心が躍る。
「悪いようには、しないよ」
「とっくになって…っあ…!」
身勝手な言葉に思わず反抗の念が湧き上がり、ムラサキを睨み付けようとしたが、
「大きすぎでもなく小さくもなく、良いねェ」
「ぁ…ぅ」
左胸を揉みしだかれる感覚に、反抗心が音を立てて崩れ去っていく。

「本当、弱いんだね…元々かい」
「そんな…ことは…知らぬ…っん」
僅かに残った意識を総動員して睨み付けるも、ムラサキはどこ吹く風といった様子で行為を続ける。
左手一本で桔梗の右手首を頭の上にもって行き、押さえる。
片腕だけの拘束だったが、体は体で押さえられている為か、無理に身をよじろうとすれば痛みが走った。
「ぅ…うぅっ」
痛みと疼きに背骨を焼かれながら、桔梗は目を閉じ口を硬く引き結んだ。
「いいねェ、どこまで耐えられるか見せてもらうよ」
指が、胸の尖りを爪弾く。
小さく息を飲んだ桔梗に満足そうに微笑みながら、ムラサキは広がるサラシを退けながら黒い肌着をたくし上げていった。

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