林檎とスナイパー。


 ――誰もが彼女を崇め立てる。
 その美貌、その歌声、その才知を。
 瞳を潤ませ歓声を上げ、諸手を挙げて喝采を挙げる。
 歌舞伎町という、限りなくダーティな界隈から、 彗星のようにミュージック・シーンに躍り出、瞬く間にヒット・チャートを制覇した、希代の歌姫を。
 肌理(きめ)の細かい肌の上、織り成される造作はどこか硬質だが、女豹か黒猫を思わす切れ長の双眸は嫣然たる艶かしさを秘めている。
伏し目流し目一つで、いとも簡単に幾多の男の心をかき乱し、籠絡し、失墜させる。
 整った鼻梁と頬や顎にかけてのいわく言いがたい輪郭のライン、形のよい顎におさまる桜桃を思わすあまやかな唇。
 常に和装に包まれたプロポーションは、どこぞのアイドル崩れが歯噛みしてうらやむほどに完璧だ。

 外見以上にーー彼女の内面は人々の衆目を集める。
 感性の粋を集めて織り成された「詩」と。
 それを音楽として新たな形に転換する、荒々しいギター・サウンドを核とした「唄」と。
 二つが合わさり、初めて完成する彼女の「歌」は、多感に揺れ動く若者の心を完璧にとらえ、彼女の虜とさせていく。
  
 そう、誰もが彼女に目を奪われ、彼女の前に跪く。
 天から二物を、三物を与えられた才女、天才、女王だと。
 誉めそやし、羨望し、見とれ見ほれて熱いため息をつく。焦がれ、渇望し、求める。
 メディアを通して広まり、あまりに高まりすぎたカリスマ性……
 その裏に隠されてしまったひとりの女の顔を、誰も見ようとしないでーー

 ――切れかけた蛍光灯が、頭上で青白く明滅する。
 揺らぐ光源の元、KKの茶褐色の髪が目前で揺れるのを、ムラサキは半ば呆然としながら凝視していた。
 『スタッフ・オンリー』と蛍光色で描かれたプラスティック・パネルが、ドアノブに引っ掛かっている鉄製の扉が、廊下の隅を重々しく塞いでいる。
 もう一方の隅は機材やら何やらが雑然と積み上げられ、通路はどこにも繋がらない。
 扉を抜けてしばらくすれば楽屋の連なる一角に出るし、そこを過ぎてしまえば、アーティストとオーディエンスがライヴに熱狂し浮かれ騒ぐポップンパーティ・今季会場ホールに行き着く。
 時折、爆ぜるような歓声と拍手が幾重の壁と扉を通してかすかに聞こえてくる。だが逆に、物置にも等しいどん詰まりのこんな場所で放つ物音が伝播することは絶対にないであろう。
 たとえーー今、壁際に押さえ込まれたムラサキが、KKの腕の中、必死に身をよじり、甲高い悲鳴を上げていても。

「や、嫌ァ、っ、離して頂戴ッ!」
 朱色の唇を引き裂く癇声は、それでもKKの薄ら笑いを崩す効用さえ持たないのだ。
 KKは余裕の姿勢で、暴れる女の体を苦もなく拘束する。
 そこらの小娘に比べたら、ムラサキはまあ長身の部類に入る。
 手足も日本人にしては驚くくらいしなやかで長い。ギターを扱い派手なライヴをこなすだけあって体力もあると見える。
 だがーー所詮は、女。手首なぞ簡単に握りこめるし、ばたつく足の抵抗もちょっと体重をかけるだけで制することが出来る。
「いーかげん男女の体格差ってやつを理解しなよ、ムラサキちゃん……
 それ以上暴れられると、オニーサンもっともっと酷いことしちゃうよー?」
 わざとからかうように砕けた口調で、黒髪の合間から見出した白い耳朶に囁きかける。
 吹き込まれたセリフと吐息にムラサキは傍目にも分かるほど全身を強張らせた。
 ーーその、分かりやすい怯えの反応が、人を苦しめ、追い込み、苛んで日ごろの糧を得る、KKの嗜虐心を悪戯に煽り立てる。

「そうそう。そーやって可愛くしてなよ……
 したら、ちったぁ優しく犯してやるからさァ」
「……やーー……!」
 のけぞる体を一層強く壁際に押さえ込み、外耳を舌で舐め上げた。
 尖らせた舌先を耳穴に突っ込みながら、はだけかかった襟あわせに無骨な手を滑らせる。
「っ、嫌ぁ……っ」
 ムラサキは柔らかな睫を震わせ、悪夢に怯える子どものようにきつく目をつぶり、全身をわななかせた。
 その、白く柔らかな耳たぶに噛み付きながら、KKは吐息とない交ぜの囁きを、腕の中の女の鼓膜に送り込む。
 純情な生娘だろうがセフレ募集中の浮気性な人妻だろうがーー
 相手は誰であれ女をオトすとき必ず用いた、極上に低く甘く転がした声音で。
「すぐにイイって言わせてやンよ……
 俺好みに躾けてやるから、淫乱に鳴けよ。
 なぁ、『歌舞伎町の女王サマ』?」
 もぐりこませた手が胸元を荒々しく探る。
 高くムラサキが上げた悲鳴と共に、深緋色の襦袢が、肩口からすべり落とされた。

 最初に出会ったそのときから、「彼」の危険性は痛いほどに感じていた。
 気安い微笑み、適度な愛想。
 路地裏を飄々と行く野良猫のように、誰とでもすぐに打ち解けられるが、けれど誰とも心底くつろいではいないのだ。
 その鳶色の目を見れば一目でわかった。
 彼の精神は孤高な獣。情愛でべたべたと繋がりあう人間たちとは、確実に、一線を画す。
 他者とは明らかに違うーー異端児だと。

「……あの男に近づいちゃあ駄目よ」
 いつか、二人きりの夜、ハニーは長い睫を幾度もまたたいて囁いた。
 縋るようにムラサキを抱き締め、その黒髪を優しく梳いて。
「あれの裏の顔をあたしは知ってる……
 西新宿の掃除人っていえば、ヤクザ家業のごろつきたちだって眉を潜めるんだから……!
 あいつの手は血塗れよ、人を殺し苛むこと、なんとも思ってない冷血漢なの。
 ああ、絶対に、絶対に、あんなやつに近づいちゃ駄目よ……!
 お願い、ムラサキ、あなたになんかあったら、あたし生きていけない、生きていけないわ……!」
 自分の性に幼いころから疑念を抱き、今はかりそめの「女」の日々をまっとうしているハニーが、
 世界で唯一愛することが出来る女は、血を分けた妹である自分だけ。
 震えながら己を掻き抱き、繰り返し囁くハニーの熱情を受け止めながら、ムラサキはその忠告を受け止めた。
 兄の警句を心に、いくらKKが気安く己に近づいてきても、けして心を許さないようにつとめて
 平静の日々を送っていたのだ。
 なのに。
 なのにーー

「ムラサキちゃんッてさァ、
 色っぽくて強い、怖いことなんて何にも無い鉄火肌のオネーサン、って、
 皆にレッテル貼られてるみたいだけど」
 かたく胴部を戒めていた襦袢の帯を緩め、KKは言った。
 その薄ら笑いが怖くてムラサキは身を捩るが、彼の腕の中そんなもの些細な抵抗にもならない。
 むしろ、頭上でに戒められた手首が悪戯に痛むだけだった。
 ーーむき出したコンクリート壁から突き出した無骨なパイプに、
 ムラサキの両手首に嵌められた手錠の鎖が掛かっている。
 怖いほどに慣れた手つきで、KKは懐中からそれを取り出し、
 先刻、瞬時にムラサキの自由を奪ったのだった。
 こんな上玉な獲物、なにがあっても逃がしたくないからさ、などと、
 戯けた睦言を耳朶に囁きかけて。

「やッ……やめ……!」
 女として、根源的な恐怖に身を竦める肩を開いた手で撫ぜ、
 すべらかな頬に唇を寄せる。
 嫌悪に粟立つ肌をたっぷりと舐めてから、あらわになった胸元にまで舌を滑らせた。
「少しゴーカンまがいのことされただけでこのザマ。
 かわいいったらないねぇ。
 昔は夜のオンナとしてイロイロヤッてたんだろ?
 もっとこーいう事態に、慣れてっかと思ったんだけどなァ」
「……あんたの想像するような……汚らしいことは、してないよ……っ!」
 舌先を薄く覗かせたKKの口吻が、デコルテに吸い付いてキスマークを散らしていく。
 鎖骨の合間に浮かび上がった赤い痕が妙に卑猥で、ムラサキの胸中を羞恥心が焼き焦がす。
「シてねぇの? 風俗も売春も?
 唄一筋で今まであの下品な町生きてきたって? 
 ――はッ、そりゃあ驚きだな!
 兄貴の淫乱さ加減は有名だってのに……
 どんな男でも構わず、誘い込んで銜え込んで滅茶苦茶にヨガる変態淫売ってさぁ」
「兄さんを悪く言わないで!」
 自分への嘲弄より、兄への悪罵に激怒した。

 ハニーは確かに、夜の街で数々の男性と浮名を流した。
 だが、それはいつも真剣な恋。
 同性同士の色事ゆえに、からかわれ、後ろ指をさされることも数多くあるが、
 それでもハニーは真摯なまでに一途に、そのときそのときの恋人を愛して時を送ってきたのだ。
 こんな、軽薄なーー女を連れ込み無理強いに犯そうとするような卑劣なやつに。
 心と体が一致しない、己のセクシャリティに何度も傷つき涙したハニーの、
 傷が、痛みがーー裏町の界隈、二人で二人きりで、ただ二人だけで、
 お互いだけを頼りに生きてきた兄妹の抱えてきた苦痛の苦悶の、何がわかるというのだ!
「……ふぅん?
 ムラサキはオニーサマが随ッ分好きなんだねぇ」
 ……だが。
 己の双眸を冷たく見据えるKKの視線を受け止め、ムラサキはおののき、感情に任せた発言を悔やむ。
 欠片も、光の無い瞳。暗い井戸の底のよう。
 その光彩を覗き見ても無明が広がるばかり、その果てになんの意思も感情も読み取れない。
「案外、他の男に肌は許さなくても……
 オニーサマと何度もヤッてたりして、なァ?」
「や……」
 失敗した。
 なにをするかわからないから、決して怒らせてはならない彼をーーこれ以上なく、逆上させた。
 悟った瞬間、腿に絡んでいた襦袢の裾を、蝿でも払うように邪険に振り払われた。
「確かめなくちゃね。どーせあとあとココでも愉しむつもりだし?」
 あらわになった脚線から、面倒だ、とでもいうように荒々しく下着を剥ぎ取って、
 KKはムラサキの右足の膝裏を担ぎ上げる。

「や……嫌、厭ァっ!」
「うっせェよ」
 爆ぜさせた嫌悪はただの一声で否定される。
 ばたつかせる足を体重をかけて押さえ込み、KKは右手でムラサキの乳房をおもむろに掴んだ。
 爪が柔肌に食い込むほど、乱暴に強く。
「ひぁ……っ!」
 その痛みにムラサキが怯んだ刹那、足の間の湿った場所を無骨な指が探る。
 すぐさま窪みは見出され、指先が抉るようにして晒された場所に入り込む。
「――!」
 びくん、と、声も無くムラサキの体が痙攣する。下肢を襲った激痛ゆえに。
 ろくな前戯もなく、ただただ無理強いの恐怖に竦むばかりだった。
 濡れているはずがないのに。受け入れられるはずが無いのに。
「うッわ、キツ。
 ココに入れたら気持ちよさそぉ……」
 無理やりにこじ開け、指を突き入れる、一本のみならず性急に本数を増やす。
 異物を排そう、と。狭まって指を締め上げる感触にほくそ笑み、乳房を嬲りながら嘲笑う。
 ろくに呼吸も出来ぬほど、疼痛にムラサキが喘いでいるとーー承知で。
「安心して、すぐに濡らしてやッから……
 じゃじゃ馬慣らし、俺、大好きなんだよね」
 わななく喉元にKKはむしゃぶりつく。甘い飴を求める子供のようにーー
 胎内を荒らしまわる乱暴な指の動きとは一転した、ねぶるような舌使いで。
 しゃくりあげるような声を上げる、女の喉仏を舐め上げ、
 首筋に柔らかく歯を、たてた。

 喉が大事だった。声が自慢だった。
 幼いころから玲瓏と誉めそやされ、夜の町にあっても多くの人の心をひきつけた。
 自分が胸を張って大切と言える、数少ないものの一つだったから。
 例えば、書道家にとっての筆、剣士にとっての刀のように。
 喪いたくなかった。壊したくなかった。穢したくなかった。
 生計を立てる為、自尊心を護る為の大事な器官だから。
 常に、常に常に常に、精緻な楽器にするように管理し、いつくしんで、護った。
 己の誇る歌が、けして乱ることのないように、どんなときでも、願いをこめて。
 なのに。
 
「ひァ……! ッ厭ぁあああ!」
 今、自分の喉から迸っているのは濁った悲鳴でしかない。
 開ききった声帯が軋んで痛んでいる。
 このままじゃ、間違いなく、声が潰れる。喉にダメージをこうむる。

 理解しているのに、張り上げる絶叫を殺すことが叶わない。
 全身に恐怖が食らいついて剥がれない。理性が、完全に飛んでいた。
「身も世も無い、って感じ?」
 喉にむしゃぶりつきながら笑う男の声もどこか遠い。
 なのに、湿る入り口を解きほぐし、無理やりに胎内に入ってくる指の存在だけは
 狂おしいほど精緻に感じ取ることが出来た。
 指先が襞の合間をこじ開ける度、どうしようもない疼痛が全身を襲う。
 逃げようにも頭上で手錠ががしゃがしゃとむなしい音をさせるだけ、金属と擦過し、
 両手首の皮膚が薄赤く染まる。
「嫌だ厭だってわめく割に飲み込みイイじゃん。
 もぉ指根元まで入っちゃってるよ?
 ……妬けるねぇ、ムラサキのこんな狂態、ほかにも見た男がいるかと思うと……」

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