カゲトラSS


青白い雲から、松の葉に覆いかぶさるように地上へと雪が舞い降りる。
その松の木の傍らで、少女は嬉しそうに雪と戯れていた。
雪と同じくらい白いその手で雪を掬い、きゅっ、と形を作る。
草履のような球体を作ると、その前方に松の枝、二本を刺し
そのまた下に指先でちょん、ちょん、と軽く穴を開けると
「うさぎ」
と、少女は自分の足元にそれを置いた。
手の体温で溶けた雪が、雲の間から差し込む太陽の光で
煌びやかに虹彩を浮かべた。
そんな少女を眺め、ふ…と目を細める男がいた。

ザクリと後ろで雪を踏みしめる音に気が付き、少女はその方向へと顔を向けると
まるで牡丹の花が咲いたかのような笑みを浮かべた。
「カゲトラ!」
少女はそう声を上げると、雪うさぎを持ち上げて彼に見せるようにそっと差し出

した。
「見よ。可愛いだろう?」
雪うさぎよりも、幼さを残す少女の笑顔が、カゲトラの口元を緩ませた。

少女の名は雪姫。彼女はその名の通り、
雪のように美しくそして繊細な乙女である。

そんな彼女に、先日縁談の話が持ち上がった。
しかも、縁談の相手は隣国の若殿─
長い戦を続けたこの国にとって、新しい戦力、
尚且つ協力者は喉から手が出るほど望んでいることである。
─そう
国のための結婚など、この世界では当たり前のことなのだ。



「のぅ、カゲトラ。姫は世間で言う『箱入り』と言う者。
この国は年中雪が降る白の世界…姫はこの国が全ての世界…。
他の国では『サクラ』やら『ヒマワリ』やら、四季折々の花が咲くと言うな」
松の枝に積もる雪を眺めながら、雪姫はふぅ、とため息を吐いた。
「カゲトラは他の国にも行ったことがあると言うな?」
「…えぇ」
「…姫は来月、隣国へ嫁に行く。その国にも『サクラ』や『ヒマワリ』はあるの

かのぅ…?」

「…いやじゃ。

いやじゃ!姫はそんな事でこの国から出とうない!!」
艶やかな黒髪を振り乱し、雪姫はカゲトラの胸へと飛び込んだ。
「姫は嫁に行きとうない!!父上からの命と言われても、嫌なものは嫌なのじゃ

!」
「…雪姫……」
カゲトラは自分の胸の中で震える少女の肩をそっと掴む。
「雪姫、それはなりませぬ。この国の命運は今雪姫にかかっているのです。
雪姫が隣国へ嫁げばこの戦の行く末に吉報を読むこともできましょう」
「分かっておる…分かってはおる!しかし嫌じゃ!!姫は…姫は…!」

涙で濡れた顔を上げ、雪姫はカゲトラに懇願した。
「頼む、カゲトラ。姫を抱いておくれ。見も知らぬ殿方に操を捧げるなど
姫には拷問他ならぬ。それが出来ぬというのなら
どこか遠い国へ一緒に来ておくれ…後生じゃ…カゲ…」

そう言うと、カゲトラの胸に頬を擦り付けるように、雪姫は顔を伏せた。
だがカゲトラはギュッと目をしばらく瞑ると、
彼女の肩に置いた手を離して彼女から一歩後退った。

「拙者、これより雪達磨大将軍隊との準備をせねばなりませぬ。
…失礼……」
そう呟くと雪姫に背を向けて前方へと足を踏み出す。
「カゲトラ…!!」
雪姫は彼を追いかけることも出来ず、ただ、松の木にもたれ
彼の背中を見つめるしかなかった。


そして雪姫が隣国へと嫁ぐ日が来た時、彼女は雪達磨大将軍に攫われた。
もし、あの時─彼女の肩に手を置くのではなく
背中を腕で包み込んでいれば、彼女は雪達磨将軍に捕らえられることは無かった

のかもしれない。
彼女の想いを受け止めていれば……

『…』
白くぼやける視界の中央に佇む人影が見えた。
『…ゲ……カゲ……ト……』
しきりに自分の方へと呼びかけるその影は、見覚えがあった。
腰まである長い髪の少女…そうだ、あの人物だ…。
『カゲトラ………』
今度こそは手放したりはしない。
離したりはしない……
まだぼやける視界に浮かび上がったその人物を抱き込もうと─


「雪姫…!!」


腕を伸ばし、その人物を抱きしめた。

つもりだった。

誰かを抱きしめた感触はあるものの、何かが違う。
目の前にいた愛しき人物を抱きしめたと思ったら─

「あ、あの!お侍さん…!!は、離して下さい〜!!」

ジタバタと腕を振るって抵抗するのは、あの茶屋の狐の娘であった。

「!?」

カゲトラが驚いて腕を離すと、娘は慌てて身体を起こしてフゥ、と息を吐いた。
状況が今一飲み込めない彼が辺りを見回すと
自分が布団の中に寝かされていたことに気が付いた。
どうやらここは茶屋の裏らしい。奥に見える扉の隙間からは
茶屋の内部が見える。

「もぅー。いきなり倒れたから驚いちゃったじゃないですか!」

娘は自分の腰に手を当てて、ぷん、と怒った仕草を見せるが
すぐに笑顔になり、膝元に置いてあった盆を手に取り

「白湯です。寝起きにはこれが一番ですから飲んでください」

そう言いながら、湯飲みをカゲトラに差し出した。

「あ、あぁ…かたじけない」

夢と現実の狭間に迷っていたとはいえ、間違って彼女を抱きしめてしまった事に
罪悪感を感じるのか、カゲトラはぎこちない様子でその湯飲みを受け取る。
湯飲みに口をつけ、軽く啜ると暖かな潤いで喉の奥が満たされる。
全てを飲み干すと、彼は湯飲みを娘に渡し、軽く頭を下げた。


「拙者は…一体どうしたのだ?」
「女将さんが言うには、旅で疲れた身体にお酒を入れた所為だそうですよ。
酔いが一気に回ったって事ですよ。でも結構ある事ですから
これからは気をつけてくださいね」
上半身を起こしたままのカゲトラが呟くと
娘が彼の隣へと膝をつき、今のように言葉を返した。
「もう大丈夫に見えますけど、念のためもうしばらく休まれていかれます?」
「…いや、悪いが一刻を争うほどの急ぎの旅なのでここで失礼する」

バサリと足元にかかっていた布団を撥ね上げると、
カゲトラは枕元に置かれた自分の刀とひょうたんを掴み
足音も聞こえないくらい、素早く茶屋の出口へと向かった。
「あ…ま、待ってください、お侍さん!」
その彼を、娘が慌てたようで追いかけた。


茶屋の出口で、黒髪が美しい若い女将に銭を払って外に出る。
花弁の変わりに粉雪を散らせる桜の木の所まで来た時、カゲトラは足を止めた。
ふ…と後ろに振り返ると、茶屋の娘が白い息を弾ませながら追いかけてきていた


「はーっ…はーっ…もう、待ってって言ったじゃないですか、お侍さん!」
乱れた髪を整えながら、胸に手を当てて息を落ち着かせた後
娘は腰に下げた巾着袋から何かを取り出し、それをカゲトラへ差し出した。
「あの、これ、よろしかったら持っていって下さい」
小さな娘の手の平の上で輝くそれは、金色の小さなからくり時計である。
それを見て、カゲトラは目を細め腕を伸ばしてそれを摘んだ。
「…これは」
「お守りです」
カゲトラの手の平に収まるくらい小さな時計。

カチカチと、時を刻む音が雪に反射して二人の周りで響く。
「…なぜ、拙者にこれを?」
当たり前の質問を娘に尋ねると、彼女は肩をかすかに上げて照れくさそうに答えた。
「あの…ですね。私、好きな人がいるんです。
その人は岡引で今は他の国へ参勤に行っているんです…」

「なんか、お侍さんを見たら彼を思い出しちゃって、何か気になっちゃって…
あ、でもお侍さんと彼は全然似てないんです。彼はちょっとおっちょこちょいで
でも可愛くって…あ、変な事言っちゃってすいません!」
ペコッと頭を下げる娘に、カゲトラは口元を緩ませる。
「いや…ありがたく受け取っておこう。
…そう言えば名を伺っていなかったが…」
「あ、はい!おコンと言います」
「そうか。拙者はカゲトラ…この礼はまたいつぞやに……」
からくり時計を懐にしまうと、彼は背を向けて雪の道を歩んでいった。
そのカゲトラの姿が見えなくなるまで、おコンは彼を見届けていた。

白い雪が舞い続け、やがてその白は紅色へと変わる。
触れる者に冷たさしか与えなかった白き雪に変わり
太陽の日の暖かさをまとい地上へ紅のじゅうたんを作り出す─

雪の布団から目を覚まし、小川のそばで桜は満開の花を咲かせていた。
その桜の花弁で出来た屋根の茶屋で、団子をこれでもかと言わんばかりに
ほお張る一人の少年と、彼のそばで笑う少女の姿があった。
ちょんまげを結った犬の少年が、もう一本、と団子をほお張ると
とたんにその顔を青くさせて自分の胸を強く叩く。
「きゃぁ!お茶お茶!!」
少女がつかさず湯飲みを差し出すと、少年はそれを一気に飲み干して一息つける。
「ふっはーー…喉につまっちゃったよ」
「もぅ!そんなにいっぺんに食べるから!」
「だっておコンちゃんのお団子美味しいんだもーん」
「やだ。タローちゃんってば」

「そう言えば─…知ってる?僕が参勤に行ってた国のお姫様が
この前祝言を挙げたんだよ」
はむり、と懲りずに団子をほお張るタローの横で、おコンはへぇ、と答えた。
「へー。お相手は誰なの?」
「それがね、武士なんだよ!本当はお姫様は別の国の若殿様との
縁談が進んでいたんだけどね…」
「へぇー…すごーい」
祝言…結婚かぁ…と、おコンは春の空を見上げながらぼんやり考え、
ちらっと横目でまだ団子を食べるタローを見つめ

…この様子だと、まだっぽいなー

クスッと笑った。

「のぅ、この小さな赤い若葉のような花弁が、『サクラ』と言うものなのか?」
風に乗って舞い落ちてきた桜の花弁を手の平に乗せ、
隣の男に尋ねる少女。
少女は姿を隠すかのように、頭から赤い布を羽織ってはいるが
時折その隙間から、白く美しい顔が伺える。
その彼女の手の平に乗った花弁をつまみ、男は優しくうなずいた。
「えぇ…これが桜です花弁ではこのように愛らしい形をしておりますが
本来は一本の木にまとまって咲いているものでありまして
その姿を見たものは、それに魅了されてしまうことでしょう」
「ほぅ…あぁ、早く『サクラ』が見たい!折角の新婚旅行なのだ。
父上にも城の者たちにも内緒の旅行じゃ。
心行くまで楽しみたいのだから」
少女はくるくるとはしゃぎ回り、その手を取りながら
男は春の香りであふれる道を進む。

「見えてまいりました。あの場所です」
丘の上に立った男が指差したその場所に見えるのは
小川と大きな桜の木。そして一軒の茶屋。
「あれか。我が国よりも美味い団子の店とは」
爪先立ちで様子を伺おうとする少女に、男は思わず笑みになる。

「さようで。拙者が言うのですからきっと御気に召させていただけるでしょう」
「そうか。ならば早く行こうではないか、カゲトラ」
「…はい、姫……」


「ねー、タローちゃん」
「ん?」
「…何でもなーい」
「えぇ〜っ??」


頭上から降り注ぐ桜の花弁はまさに圧巻と言いようが無かった。
雪姫は生まれて初めて見るその美しさに心を躍らせ、
カゲトラも桜を眺めて深く感動のため息を吐き
やがて二人は茶屋への暖簾をくぐった。

「…と、すまないが茶を二杯と」
「団子をあるったけ用意せい。今すぐにじゃ!!」



-完-

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