ヒグラシ×リサ


ここは東京の渋谷から横浜までを結ぶ鉄道が通る沿線地域。夏も終わりが近づいていたが、
今日もまだ天気のいい日が続いていた。そんな中、高めの堤防と広い河川敷のある土手を
散歩する1人の青年の姿があった。彼の名前はヒグラシ。ミュージシャンを目指す若者だ。

「うーん、天気はいいなぁ。けど…」

「いいアイデアは思いつかない…」

今作ってる曲の歌詞を考えながら散歩していたところだった。彼が考えるときは周りが
見えない事もしばしばで、電柱にぶつかることもある。その光景は傍から見たらまるで
体を張ったギャグそのものだ。

「ふぅ…」

何も思いつかず、土手の中腹に降りてごろっと寝る。空は雲が少し、ゆっくりと流れていく
ようなところか。まだ昼過ぎで陽も高いが時折吹く微風のせいか思ったより暑くはない。
ヒグラシは空を眺め、ボーッとする。

その時、土手の上の道路を1人の少女が歩いていた。買い物帰りで、目当ての物を
見つけたのか上機嫌な様子だ。

「やっぱこのジュース最高だもんね♪売り切れ寸前の残りあと1つ、いただいちゃった、てへっ。」

妙に明るい様子である。天性の明るさなのだろう。ジュースの缶をお手玉のように
投げたりしている。しかし手がすべって土手の下に転がって行ってしまった。

「わっ!あ〜待って〜!」

土手で空を見ているヒグラシがその声を聞いた刹那、顔面に缶が直撃した。何とも痛ましい光景だ…。

「Σわぶっ!…………………ぁ痛たたたた…」

「大丈夫〜?ごめんなさ〜い」

ヒグラシは痛さで目をふさいでいたが声の主がこっちに走ってきたのは分かった。顔面を直撃して
彼が掴んだ缶を手に持っていたので、これを取りに来たのだろう。

「ごめんね!落っことしちゃった。大丈夫?」

「うぁ…何とからいじょうぶれふ…。はい、これ。気をつけてね。」

ヒグラシが缶を差し出し、少女は缶を受け取る。

「ありがとう。ところでアナタ、こんな所で何してんの?」

ヒグラシはやっと痛みが引いて手を顔からどける。彼女の顔を見た。屈託の無い、無邪気な顔だ。

「あぁ、ちょっと休憩をしてました。考え事をしながらね。」

「ふーん。アナタ、何ていう名前?」

「そういうのは自分が先に名乗るもんでしょう?」

「まだ怒ってんの?アタシはリサ。アナタは?」

「別に怒ってませんよ。僕はヒグラシです。」

「何か反応が淡白ねー。根暗?アタシ、じめじめしてる人は嫌なんだけどぉー。」

「あのねぇ、僕がそんなにじめじめしてるように見えます?」

「ごめん、ちょっと反応悪かったから言ってみただけ。」

「…。」

「この眼鏡もそういう風に見える原因だよ…っと。」

リサはヒグラシの眼鏡を取った。

「えっ…?」

眼鏡に隠れていた目は思ったよりいい感じの目つきでむしろびっくりしたのはヒグラシより
リサの方だった。リサの好みのタイプとして想像していたものと重なるところがある。

「ちょっ…眼鏡返してくださいよ!それ無いと見えないんですから!」

ヒグラシは近眼がひどいので眼鏡が無いと非常に行動を取りにくい。
リサは何かを思いついたらしい。

「返してあげるからちょっとアタシのお願い聞いてくれる?ってゆーか聞いて?
でも一度しか言わないよっ。」

「聞きますから、早く返してくださいよぉ!」

リサが言おうとした。

「あのね、…」

その次の台詞はたまたま通りがかった特急電車が鉄橋を通過する音で全然聞こえなかった。

「…ね、オッケー?」

「あの…よく聞こえなかったんですけど…もう一度言ってもらえます?」

リサは頭の中で電球が光った。これは完全に自分のペースだと思ったのだろう。

「だぁーめっ!一度しか言わないって言ったでしょ!イエス、ノー、どっち?」

いきなり2択にされていた。リサは眼鏡をちらつかせる。「イエス」以外の返答は認めないという
意思表示だろう。ヒグラシはとりあえず眼鏡を返してもらわないと困るのでイエスの意味で
うなずきながらで返事した。

「分かりました、分かりましたよ。オッケーです。これでいいでしょ?早く返してくださいよ。」

リサは眼鏡を返した。

「んじゃ行こっか。」

「えぇっ?何で?どこに?」

「今約束したでしょ?今日一日アタシの言うこと何でも聞いてくれる、って。」

本当は”ちょっとお茶でもつきあってよ”と言ったのだったが…。

「もしかして僕、とんでもない約束しちゃったとか…?って言うかそもそも何で僕の方が…」

負い目があるのはあっちの方なのに何で僕が、と思うヒグラシ。どう見ても元気一杯の少女、
こりゃ存分に振り回されるだろうなと思ったヒグラシははっきりと「No」と言えない自分の消極性に
うんざりした。僕にはそんなに元気は無いのに…とか、早くも滅入った様子だ。

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「ねぇねぇ、ヒグラシさんって普段何やってんの?」

何故か2人は何時の間にか渋谷を歩いている。ヒグラシはこういう所はどうも落ち着かず苦手らしい。

「僕はミュージシャンを目指してるんです。さっきは今作ってる歌詞を考えて散歩を…」

終始リサのペースでヒグラシは引きずりまわされている。もっとも、断れないヒグラシもヒグラシだが。

「リサちゃんは何を?」

「アタシのことはいいじゃん。それよりそこのクレープおいしいんだよ。ね、一緒に食べよ?」

「は、はぁ…」

ヒグラシは結局リサに振り回されっぱなしだった。しかし彼は普段からこういう事も無かったので
いざこうやって一緒に話をしながら歩き回ることにはそう悪いとは思わなかった。特に積極性の
あまり無い自分が異性と関わることもそうそう無いので内心、実は嬉しいと密かに思っていたりもした。

言われるがままにクレープを一緒に食べることになったヒグラシがクレープを食べていると、リサが
ヒグラシの持つクレープの下の方からぱくっとかじりついてきた。

「!!わっ、何を…」

その先のセリフをヒグラシは言えなかった。目の前にクレープをかじりながらまじまじと自分を見る
リサを見て、ヒグラシはドギマギしてしまったと同時に、離れてほしくない、と微かに思ったからだ。

「キャハハ、今の照れた顔、かーわいいっ!」

リサはお見通しだった。年齢は彼女の方が下だったが、こんなに単純な男は見たことが無いとすら思った。

「今のってさ、もうちょっと近かったらキスになったよね?」

リサはヒグラシをからかう。勿論、リサが自分のペースに持っていっているのはヒグラシですら
感づいていた。しかしヒグラシはその流れを変えることも止めることもできなかった。
というか、内心、変えてほしくなかった。

「ちょっ…からかうのは止めてくださ…んんっ!?」

ヒグラシが物を言い終える前にリサはキスをして口をふさいだ。ヒグラシはありもしないような
ことが現実に起こっていることにパニックになり顔が真っ赤になっていた。リサは「してやったり」
といった感じの満足げな表情でヒグラシの方をじっと見ていた。

「えへへっ、やっちゃった。」

「ちょっ…あの…あ…」

いきなりのことで言葉もうまく言えない。心臓が激しく鼓動するのが感じられる。

「会っていきなりでこんなのって嫌?それともアタシじゃ嫌?」

リサはヒグラシをまじまじと覗き込むように見ながら言う。口元が少しニヤついている。

「あの…いや…あの…」

ヒグラシは完全にリサのペースに乗せられていた。

「勘違いしないでよね。アタシ、誰にだってこんなことするようなわけじゃないんだから。」

「えっ?あの…それは…?」

「ヒグラシさん、好きになっちゃった。何かかわいいんだもん。ねっ?」

リサはウィンクしながらヒグラシに言った。

「ねっ?って、あのー…僕は自分の置かれている今の状況がいまいち飲み込めないんですけど…」

「鈍いわねぇー。こういうのって、本来は男の子の方から言うもんだよ?
アタシにも言ってほしーいなぁー。」

「えっ…あ、あの…」

「ヒグラシさんもアタシの事好きでなんしょ?さっきからの態度見てたら誰だって分かるもん。
ねっ、ほらぁ!言っちゃいなさいよ!」

「あ…えっと…僕も…好き、です…」

ヒグラシは赤くなった顔で精一杯冷静さを取り戻そうとし、リサに見抜かれていた
密かな自分の想いを言い放った。

「やったぁ!えへへ…ヒグラシさんって最初見た時冴えない感じでパッとしなかったけどさ、
話してたら結構面白い人だよね。アタシの方が年下なのにそうやってかしこまっちゃったり、
何だかかわいいし、それに…」

「それに…何ですか?」

「その、眼鏡っ!」

リサはヒグラシの眼鏡を外した。

「わっ、何するんです!」

「眼鏡かけてない方が絶対かっこいいよ。コンタクトに変えちゃったら?」

「僕は眼鏡の方がいいんです、コンタクト苦手ですから。でもリサちゃんが眼鏡じゃない方が
いいって言うなら…」

「変えちゃいなよ、絶対そっちの方がいいからさぁ。」

「リサちゃんの前では眼鏡以外の何かでいられるよう努力してみます。眼鏡はどうしても
必要だから手放すわけにはいきませんが。それでいいでしょうか?分かってください。」

「いいよっ。えへへ、やったぁ。」

突然のリサとの遭遇を果たしたヒグラシ。お互い最初はどうというわけでもなかったが、リサが
ヒグラシに興味を持ち始め、話合っているうちにお互いが意気投合していったようだ。(リサ主導で)
リサのペースでヒグラシが振り回されていることには違いないが、お互い性格も正反対なのに
意外と気が合うようになったのはリサの積極性の所為なのか、それともヒグラシのリサへの
恋心の所為なのか。その後も2人は会った初めての日を互いに話に花咲かせ楽しんでいった。

「もう暗くなりそうだから、どこかまで送っていきましょうか?」

「駅まででいいよ。今日は何だかいろいろあったけど楽しかった。何かさ、…」

「どうしました?」

「アタシ、迷惑かけてなかったかなぁって、ちょっと思っちゃってさ。会った時だってそうだし、
強引にヒグラシさんを引っ張っていたからさ。」

リサは申し訳程度に言う。しかし、1日を振り返って、少しヒグラシの反応が気になったようだった。
顔では不真面目な雰囲気を出していたが内心、どう思われてるのかと心配を感じていた。

「いいえ、僕の方こそ楽しかったですよ。リサちゃんに会ってなかったらこんなに楽しい気分に
なれることだって無かったでしょうし。僕の方こそ、ありがとう。」

ヒグラシは困った顔も嫌な顔もせずに返答した。

「本当?ありがとう!また今度、来週とか会えるかな?」

「えぇ。僕は大丈夫です。また是非よろしく。」

「約束だよ?これアタシの電話番号とメールアドレス。また来週よろしくね。じゃぁ。」

駅に着いてヒグラシはリサを見送った。ヒグラシは嵐のような1日を振り返った。
嵐のようではあったが、今までには無かったウキウキ感で一杯だった。

「あんないい子と知り合えたなんて…まるで漫画かドラマを見てるのか、それとも夢でも
見ているようだ…痛てて、夢じゃないや。やったぁ!」

ヒグラシは頬をつねり夢かどうかを確かめ、痛みを感じ現実であることを実感し、心踊った。

「さぁ帰って早速歌詞を考えよう。いいアイデアが出そうだ!」

映画かドラマのような1日だったとヒグラシは思いながら充実した様子でノートを持ったまま
寝息を立てていた。ノートには今考え書き留めた歌詞の横に小さく、彼女の明るく笑っている
ラフスケッチの似顔絵が描かれていた。

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