かごめ×ロキ


――さっきから、涙が止まらなくって困ってる。


「それ」は、ほんのちょっと好奇心で触れただけなのに、アタシの心を貫いてどこかを壊してしまった。
いつも涙を流さないように止めているのは、バルブみたいなものだろうか。
それとももっと大きな堤防なんだろうか?
とにかく、そういう「機能」が壊れてしまった。
だから、涙が後から後から溢れてきて、全然止まってくれない。
壊れた水道管がとめどなく水を流し続けるように、決壊した堤防から流れた河が全てを押し流してしまうように。
後から、後から。

そんな大きな衝撃にアタシは打たれた。
電流なんて生易しいもんじゃなく、奔流なんて甘っちょろいもんじゃない、そんな何かに。


「それ」は確かにコトバだった。
鋭く研ぎ澄まされたコトバ。
それでいて、決して心を傷つけたりはしないコトバ。

「それ」はそして世界だった。
誰も見たことのない、遠い世界。
かごめちゃんの世界。

冷たくて、暖かくて、
渇いていて、潤っていて、
ムジュンしているけど、その両方を中に抱いたもの。


アタシは、「それ」に触れた。

時間は、ほんのちょっとだけさかのぼる。

あの後、アタシたちは連れ立ってかごめちゃんの家まで行くことになったわけだけれど、辿り着いたそこは、想像していた以上に何もない所だった。
外壁はコンクリート打ちっぱなしで、壁紙もカーテンもない。
家具はかごめちゃんと同じ黒一色で、しかも必要最小限の物しか置いてなかった。
具体的に言うと、ワンルームに、机とベッドと本棚と、それに申し訳程度のクローゼットがあるだけ。
『ブンメイのリキ』みたいなものは何一つとして置いてない。
はっきり言って、地味。
だからアタシは思わず感想をポロリしてしまう。
「……ホントに、なんもないね」
「あのね、ロキ。社交辞令って言葉知ってる?」
いやーな目で一瞥。
……やば、口が滑った?
「……いや、い、今のは嘘! スバラシイデス! アタシこんなキレイなお家ミタコトナイデス!」
「見え透いたお世辞も逆効果だと思うわよ?」
かごめちゃんは大きく一つ溜息をついた。
「だいたい、台詞棒読みだし」
うぐ。ばればれ?
「まあ、いいわ。何もないのは本当だし。それに、実は私も社交辞令って好きじゃないのよ」
そう言うと、かごめちゃんは窓の方に歩いて行って、ガラス戸を開け放った。
冷たい風が吹きぬける。

「ねえ、何でこんな所に住んでるの?」
「あら。あなたならわかるかと思ったけれど。いちいち説明するのは面倒なのよね」
アタシにならわかる?
んー、どういうことだ?
なら、というのはアタシにしかわからないという意味だろうか。
かごめちゃんとアタシに共通のカンカクってヤツ?
でも、アタシの部屋は自慢じゃないが結構キレイだ。
家具も、装飾品も、一応アタシの趣味できっちり統一してあるし、種類も多い。
(もっとも、一度『趣味が偏りすぎ』と言われたことがあるけど。ま、気にしない)
かごめちゃんは、それを知ってて言ってるのかな。
……いや、そんなわけないし。
だったら、どの辺りが共通するカンカク?
…………。
………………。
………ダメっぽい。
頭から煙吹きそう。
「……ごめん、わからん。アタシ、考えるのは苦手なんす」
「残念」
「はあ……」
「…………」
「…………」
「…………」
……ってそれで終わりっすか!
気になるじゃん!

「ヒント! ヒント頂戴!」
「ヒント?」
かごめちゃんは心底面倒くさそうだったが、一応答えてくれた。
「ヒントは、あなたがいつも歌ってる場所との比較」
いつも、って、かごめちゃん今日がアタシとの初対面じゃなかったっけ?
というツッコミは置いておく。
っていうか、言いたいことは何となくわかった。
「つまり、こだわりがないってこと?」
答えたアタシに、かごめちゃんはにこっと笑ってみせた。
どうやら正解らしい。
「そう。私のいる場所が私の家。それ以上の意味はいらないのよ」
へえー、って感じだ。
言われてみれば、確かにアタシも、歌う場所には本当に頓着しない。
かごめちゃんの言葉を借りて言うなら、
『アタシの歌ってる場所がアタシのライブ会場』ってとこか。
なるほど、それ以上の意味はいらない。
「かごめちゃんは、自分の周りのことを気にしないんだね」
「そうね。自分が嫌いだったから」

…………。
自分が嫌い。ちょっと嫌な言葉だ。
でも、過去形?
「だった、って今は好きってこと?」
そう聞き返すと、かごめちゃんは少しきょとんとした顔をした。
「……あなたのお陰じゃない」
「は?」
「自分を好きになれたのは、あなたのお陰じゃないの」
どういう、ことデスカ?
「やっぱりわかってないのね。あれだけ色々教えてくれたのに」
「え? 何を?」
はあ、とまた大きく溜息をつくかごめちゃん。
「一度しか言わないから、耳かっぽじってよ〜く聞きなさい」
「はい!」
「あなたが教えたことその1!『言葉は時に邪魔になる』っていうポリシーの話!
その2! 鬱屈した感情の表現方法!
その3! 快楽の開放手段と、『コトバのない世界』のこと! 以上!」
叫んだ。
かごめちゃんって、たまに熱くなるな……。
「あなたがそのことを教えてくれたからこそ、ようやく私は私ってものがわかったの。
普通、こんな劇的な人生の悟り方ってないわよ!? それだけのことをしておいて、当の本人が無自覚ってのは、驚くを通り越して呆れるわよ!?」
「はあ……」
そんな大それたことしたっけかなぁ?

確かに、アタシの生き方について喋ったし、かごめちゃんが悩んでたみたいだからヒントっぽいことを言ったりもした。
けど、そんな『私についてわかった』なんてスゴイことになってるとは……。
だいたい、3番ってただのえっちのやり方じゃんよ。
「ごめん、全然気付いてなかったわ。かごめちゃんって難しいこと考えてるんだねー」
「そうやって人事みたいに言うって事は、セックスの時私が言った言葉も覚えてないわね?」
「『ことばぜめ』とかってあれ? あれは覚えてるよ。楽しかったし」
「その前! 一世一代の名台詞のつもりで言ったのに!」
前? まえ、まえ、まえまえ。
お、あれか。
「『心の魔女』と『言葉の魔女』ってやつ?」
「それっ! 私が『言葉の魔女』であなたが『心の魔女』! もう、最大級の賛美と謝礼の意味を込めた、特級の表現だと思ったのに!」
「ああ、あれってアタシのことだったんだ。かごめちゃん、面白いこと言うなーとだけ思って、聞き流しちゃった」
あ、かごめちゃん脱力した。
「……いいわ。あなたのそういうところも含めて、あなた『らしさ』なんだろうから」
あはは、面と向かって『らしさ』とか言われると、ちょっと照れる。
いや、照れてる場合じゃないケド。

「じゃあ、私はお風呂の準備してくるわ」
「ほーい。よろしくね」
「それからお願いなんだけど、部屋の中の物はいじらないでね。プライバシーに関わるものも混ざってるから」
「了解了解」
プライバシー?
「く・れ・ぐ・れ・も、頼むわね」
「わかったって」
そう言い残して、かごめちゃんはお風呂場の方へ歩いて行ってしまった。
……。
……ちゃんす。
かごめちゃんはわかってない。
部屋の中にそんなものがあるってことを報せたら、逆効果だってのに。
ニンゲン、やるなと言われたらやりたくなるのが常ってもんじゃないですか。
言われなかったら、アタシだってわざわざ家捜ししたりはしませんよ。
何かあるってわかったからこそ、アタシは探偵ごっこやりたくなってきちゃったんだからね。
「自業自得だよ〜、っと」

早速、アタシは本棚から取り掛かる。
「お、さすが。すげー一杯本がある。賢いもんね」
適当に何冊か抜き取って、ぱらぱらめくってみる。
……字が小さい。
中身はよくわからないけど、多分小説か何かだろう。
アタシには興味のないものだ。
少し移動して、また数冊。
と、面白いもん発見。
「くふ。これ、えろ本じゃないですか。こんなん読んでりゃえっちくもなるよねー」
道理で。初めての癖にいろいろ知ってたわけですな。
こういうの、耳年増、っていうんだっけか。
「ばれないように、元に戻しまして」
次は……ベッドかな?
と、思ったけど、特に何もなさげなんでスルー。
下に何か隠してあるかと思ったけど、かごめちゃんのベッドは下も丸見えで、何か隠せるようにはできていないみたいだった。残念。
「後は……机か」
上には何にも乗ってない。
引き出しは……と手をかけると、がこっ、と何かがひっかかる感触がして開かなかった。

いえぁっ!
こいつは怪しすぎですよ!
「大抵こういう鍵ってのは、近くに隠してあるもんなんだよね」
アタシも経験あるけど、いつも使うものだから、できるだけ簡単に取れてかつ他人にはわかりにくい場所に隠したりするもんだ。
だけど、それって結局そういう場所を重点的に探せば見つかっちゃうってことなのよ。
早くしないとかごめちゃんが戻ってくる。
アタシは一発カマをかけて、さっきスルーしたベッドの下に手をやる。
…………。
ビンゴっ!
お目当てのものは、セロテープで貼り付けて、マットの裏側に隠してあった。
「アタシってばすげーかもー」
にははっ。これで、かごめちゃんの秘密がハクジツのモトにっ!
かちゃり。
音を立てて鍵が開く。
中に入っていたのは、一冊の大学ノートだった。
飾りっ気のない、いたってフツーの大学ノート。
「まさか、名前書いたら死ぬ、とかっていう冗談? 死神が見えんのよね」
んなこたーあるわけないし。
中身をめくってみる。
「……詩、かな?」
どうやら、書いてあったのはかごめちゃん作のポエムらしかった。
アタシも一応音楽をやってる者の端くれ。こういうのにはすごく興味がある。
「かごめちゃん、どんなこと書いてるんだろう?」
目で追う。

と。

瞬間。

アタシはその文字の連なりから、言い知れない衝撃を受けた。

ぎゅうっと胸が締め付けられる。
肌が粟立つ。
全身が、震えを起こす。

……これって、何?

「……すごい」
言葉が出ない。
それ以外に見つからない。
溢れだす感情の渦に、アタシは翻弄されてしまっていた。

そして、

「涙?」

アタシは、泣いていた。
自分の意志に反して涙が零れてくる。
こんな経験はしたことがなかった。
「……あ、あれれっ? どうした、アタシ」
拭っても拭っても、拭いきれない。
「……うぁっ、あぁぁ……」
悲しい、じゃない。
嬉しい、でもない。
わからないけど、止まらない。
アタシは、かごめちゃんが戻ってくるだろうことも忘れ、ただ呆然と泣き続けた。

「悪い子、見っけ」
背中から抱きしめられる感触。
「……かごめ、ちゃん?」
「ひっかかった。ああ言えば、絶対あなたは部屋の中の物をいじる気になると思ったんだけど……」
頬っぺたにひんやりとしたかごめちゃんの指が触れ、アタシの涙を拭い取った。
「……それどころじゃないかしら。どうしたの? 何かあった?」
アタシは、無言でノートを差し出す。
「……詩作ノート? 読んだの?」
うなずく。
「これが原因? って、まさかね」
今度は首を激しく振って、否定する。
ああ、かごめちゃんに伝えたい。
すごい、って。
感動した、って。
ありがとう、って伝えたい。
でも、アタシの喉は涙にむせび、言葉を発してくれそうにはなかった。
せめてできることは、否定の気持ちを伝えることだけ。
かごめちゃんは言ってた。自分が嫌いだったって。
もう、大丈夫だって言ったけど、ホントはそんなの嘘だ。今の一言がそれを示してる。
たぶん、まだかごめちゃんは本当に自分を信じ切れてはいない。
自分の作ったものに、自信を持ててはいない。
だから、かごめちゃんの詩を読んで泣いてるアタシを見て、"まさか"なんて言ったんだと思う。
アタシは、そんなことない、って言わなきゃいけない。
かごめちゃんはすごい、って言わなきゃいけないのに……。
ごめん、かごめちゃん。今だけ。今だけだから。
もうちょっとだけ、泣かせてください。
アタシは体を返して、かごめちゃんの胸に顔を押し付ける。
暖かかった。
そんなアタシの頭を、かごめちゃんは撫でてくれた。
優しく、掌で包むようにして。
それだけのことが、アタシにはすごく、   嬉しかった。

「……目の前でそんなに大泣きされると、調子狂うわ」
「……んぐ。だって……」
何とか泣き止んだアタシ。
「ホントに、ホントに、カンドーしたんだよ? 上手く言えないけど、アタシ、こんな世界があるんだって思って、すごい衝撃受けたんだから」
「まあ、そんな風に言われたら、信じないわけにはいかないけど……」
かごめちゃん、どうやら照れている。
顔真っ赤だし。
「私だって、それくらいの衝撃をロキの歌から受けたのよ? それこそ、自信なくすくらい。それって、あなたの方がすごいってことじゃないかしら」
「違うよっ! 基準間違ってるよ、かごめちゃん! 音楽とか詩ってさ、そういう風に比べられるもんじゃないと思うよ!?
だから、かごめちゃんがアタシの歌から衝撃を受けてくれたんだとしても、そのことで自信なくしちゃう必要なんかないんだって!」
「そう……なのかしら」
「そうだって! だからっ、自信を持てよっ! かごめちゃんっ!」
アタシは必死に叫ぶ。そうするしか、かごめちゃんにアタシの気持ちを伝えることはできないと思ったから。
そんなアタシに、かごめちゃんはにっこりと微笑みを返してくれた。
「うん。ロキが言うなら、私も信じられる。ありがとう」
その笑顔がとてもキレイで、アタシはちょっと惚れそうになってしまった。
……うぐ、アタシも女の子好き?

ところが。
「……ただ」
そんなかごめちゃんの声が、突然豹変する。
キレイだった笑顔も、何か企んでる時みたいな、悪ーい感じのにやにや笑いに変わっていた。
「それと、勝手に私の部屋をいじったことは別ね。確か私『くれぐれも』触らないように、って言ったはずだけど」
…………。
…………。
……忘れてた。
「悪い子にはおしおきをするってのが、世の中の常識よね」
「……ちょ、タンマっ!」
へ、平気な顔で、おしおき、とか言うなってーの!
アタシを何歳だと思ってんのよ!
「ぼ、暴力反対っ! 暴力は何も生みません! ラブ&ピース!」
「安心しなさい。暴力なんてふるわないわよ」
「はあ……。助かった」
「……違う形でおしおきする」

後編へ

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