ヒュー×翼


散らばる星々が自分の場所に並び終え、いよいよあたりが暗くなり始めた頃
ヒューはいつも通り帰り支度を始めた。
町のみんなに『機械修理の達人』などと呼ばれているヒューは
今日も車、自転車、果てはミキサーやおもちゃの修理まで頼まれ
こうして夜遅くまで整備場に残っていたのである。
――整備士なんだけどな、俺。
町の皆の喜ぶ顔を見られるのはうれしいが、ここ一ヶ月、自分の本業である
『飛行機の整備』を一度も頼まれなかったことに、いまさらながらため息をついた。
こんなのどかな町の飛行場に飛行機などそうそう来ない。分かってはいるが少し悲しかった。
愛用のスパナを軽く投げ上げた、その時。
「ごめんくださいすいませんおねがいします!!」
「は、はぁ?」

いきなり部屋にスライディングしてきた少女の姿に、ヒューは思わずスパナを受け損ねた。
「……なんだ、おもちゃの修理だったら明日にしてくれないか」
ぶんぶんと少女は首を振り、いやに必死な様子の青い眼に見上げられる。
「違うの! お願い、飛行機が……っ」
「……ヒコウキ?」
ヒコウキ、ひこうき、飛行機。
――飛行機?
少女の口から飛び出した単語に、ヒューの頭はたっぷり三秒フリーズした。
彼女の首から下げられたカードが目に入り、ヒューはようやく納得する。
「見習いか」
「うん」
見習いパイロットの証であるカードは、いつも彼らの首に下げられている。
小さい頃憧れの目で見ていたそれを久々に目にして、懐かしさがこみ上げた。
「お願い! こんな時間に頼むなんてヒジョーシキだって、分かってるよ。……でも!!」
「……わかったよ、どこだ、その飛行機は」
スパナを拾い上げたあと、オレンジ色の髪をくしゃりと撫で、ヒューはそのまま歩き始めた。
久々の仕事、だけでは説明できない高ぶった心と一緒に。

「これか」
町からかなり離れた草原に、その飛行機はあった。
少女の趣味だろうか。機体は水色に塗り替えられ、なにやら色々とペイントされている。
「うん、訓練中に急におかしくなって、だから、不時着して……」
不安げに言い終わるか終わらないかの所で、少女は飛行機に駆け寄った。
よほど愛着があるのだろう。今にも泣き出しそうな顔で翼の部分を撫でている。
「賢明な判断だな。無理して飛んだら墜落だ」
鞄から工具を取り出し早速修理を始める。
ほんの小さなエンジントラブルだが、空では些細なトラブルが命取りになりかねない。
「ね、大丈夫? 直る?」
不安げに視線を向けられ、一瞬心臓が高鳴った。
こんな故障を直すのなど、何でもないというのに。
「あ、ああ」
「本当?」
少女の表情がぱっと明るくなり、ヒューを覗き込む大きな瞳が輝く。
なんとも言い表せない感情にばつが悪くなって、誤魔化すようにスパナをもてあそぶ。
「良かったあ、直んなかったらどうしようって、本当に心配だったんだぁ。
 なにか手伝うこと、無い?」
「疲れてるだろ。そこら辺で休んでろ」
ぶっきらぼうにそう言うと、少女は頷き走っていく。
遠ざかる気配になぜだか寂しさを覚えて、ヒューは首を横に振った。

「直ったぞ……って……あれ?」
いつもは工具が無くなったり部品が消えたりと不思議な事が起こるのだが
今回はスムーズに修理が終わり、知らせに行くと、少女はすっかり寝息を立てていた。
「仕方ないな……よっと」
まさかこんな草原のど真ん中に放置していくわけには行かない。
ヒューは少女を抱き上げると、コクピットに座らせた。
反対側に座り、操縦桿を握る。
趣味のモータースポーツや整備士になるための勉強で、操縦の仕方は大体分かっている。
……とは言ってもこれで飛び立ったりすれば大問題だが。
「ま、道路の上を走るだけなら、許してくれるよ……なっ」
整備場になら飛行機を置くスペースもあるだろう。ヒューはエンジンをかけた。
いつもは遠くで聞くだけだったエンジン音がすぐ近くに聞こえ、振動が体に走る。
起きてしまったらどうしようかと少女を見たが
ぐっすり眠り込んでいるようでぴくりとも動かなかった。
突然のエンジントラブルに不時着と、かなり神経を使ったのだろう。
「……ったく、面倒だな……」
悪態をつきながらも、ヒューの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

「……すいません、今日風邪引いたんで、休みます。あ、停めてある飛行機は……その……
 パイロットが後で取りに来るそうなので……はい、あ、分かりました」
整備場に電話をかけ、携帯電話のスイッチを切る。
「……よく考えてみると、これってある意味犯罪だよな……」
ソファーの上で、ヒューは一人ごちた。
時計の秒針がカチカチ言う音と、ベッドの上を占領する少女の寝息がやたらと大きく聞こえる。
整備場に飛行機を停め、背負ってここまで連れてきたは良いが
これから一体なんと説明をすれば良いだろう。
すっかり寝入ってしまっている様子の少女は朝になっても目を覚ます気配はない。
そう言えば、結局自分は徹夜をする羽目になっていた。
自覚した瞬間眠気が体を襲い、瞼が重さを増していく。
「コーヒーでも飲むか……」
振り払うように勢い良く立ち上がり、異様に重たい体を引きずり台所へ向かおうと足を動かす。
あり得ない位に能天気な声が響いたのは、その時だった。
「あれー……ここはぁ…………」
振り返ると、少女が瞼をこすりながらこちらを見ていた。
「俺の家、寝てたから連れて来た」
それだけ言うと、何でも無いような振りをして、今度こそ台所へと向かう。
「コーヒー飲むけど、あんたもいるか」
「うん!」
「砂糖は」
「入れる、牛乳も欲しいな」
コンロに火をつけ、棚の奥から引っ張り出した水色のマグカップを流しで洗う。
自分用のブラックコーヒーと、やたらと白っぽくなった甘いコーヒーを両手に持って部屋へと戻った。

「飛行機は直して整備場に停めておいたから、これ飲んだらとっとと帰れ」
そう言ってカップを差し出すと、少女は一瞬寂しそうな表情を見せたような気がした。
気がつかない振りをしてコーヒーをすすると、今日に限ってやたらと熱く、口の中がやけどした。
「熱ッ」
顔を上げると少女は面白いものでも見たような顔をして笑い声を上げた。
「……何だよ」
「えー、だって、お兄さんがそんな顔するなんて思わなかったんだもん」
けらけらと少女はまた笑うと、カップの中をスプーンでかき混ぜる。
「……うるさいな」
ばつが悪くなってそっぽを向くと、窓の外に青空が見えた。
これならパイロット養成所のあたりも綺麗に晴れているだろう。
テレビを付けるとちょうど天気予報をやっていて、やはり今日から明日まで快晴だという。
雲の様子を見ても、パイロットにとっては絶好の一日だ。
「良かったな、天気良いみたいで」
ところが少女のほうに視線を戻すと、なぜかしおれたように元気が無く
カップを抱えたままうつむいていた。
「雨だったら良かったのに……」
「はぁ?」
悪天候中のフライトの練習でもするつもりだったのだろうか。ヒューは首をかしげる。
「ね、お兄さん、明日も晴れだよね」
「みたいだな」
頷いた次の瞬間少女の顔が眼前に現れ、ヒューは思わず息をのんだ。
空と同じ色をした瞳は、昨日闇の中で見たときよりも数段綺麗に見えた。
「じゃあ、お願い! わがままだって分かってるけどもう一度お願い!
 今日だけで良いから、お願い、一緒にいて!」
首に回された細い腕に息が止まる。オレンジ色の頭がヒューの胸にうずめられていた。

「……っ」
意味不明な声が口からもれた。
抱き付かれている。そう認識したのはそれから数秒後。
「……ヒュー……」
名前を呼ばれたような気がしたが、そんなことを気にする余裕など無かった。
猛スピードで熱を持ち始める頬、無意識に少女の背にまわりそうになる腕。
誤魔化すように少女から身を離し視線をそらす。
「今日中に戻らないと心配されるだろ。ただでさえ帰還が遅れてんだ、減点されるぞ」
はっ、と彼女は顔を上げたが、みるみるうちに瞳に涙をため、もう一度下を向いた。
沈黙が辺りを満たし、空気が重さを増していく。
「……ごめんなさい……」
そこから先は聞き取れなかったが、大体何を言わんとしているかは分かったので黙っておいた。
頬を伝い、ぽたりと雫が落ちる音が耳に響く。
出来るだけ平常心を保ったまま、昨日初めて会った時と同じように髪を撫でてやる。
「泣くなって。……ほら」
逆効果だったのだろうか。少女はしゃくり上げると本格的に泣きはじめた。
「だって、ごめんね、夜にいきなり直してなんて頼んでしかも寝ちゃってわがまま言って
 それで…………」
ごめんなさい。もう一度そう言って少女は黙り込んだ。

じわりと胸に痛みが走る。少女と窓の外を交互に見て、そっと息を吸った。
『あぁ』とわざとらしく声を上げ、ヒューは手をポンと叩く。
「最終チェックはもう一度しておかないとな。……もしかしたら夜中だったから
 いろいろ見落としてたかもしれない。終わるまで結構時間かかるな……」
「……え? それじゃあ……」
少女は不思議そうにこちらを見上げてきたが、すぐにうれしそうな笑顔へと表情を変えた。
その笑顔になにか安心感の様な物を感じ、ヒューは小さく笑みをこぼした。
「養成所には連絡しておくから、修理代かつ手間賃としてコンビニで朝メシ買ってくる事」
「うん!」
頷いて、少女は早速走り出そうとするが、ヒューはあることに気がついた。
「…………そういえば、名前は?」
半日近く一緒にいたのに名前すら知らなかった。我ながら間抜けな質問である。
少女はくるりと振り返ると、一瞬考えるようなそぶりを見せた。
何秒かの間のあと、難しい暗記問題を答えるかの様な口調で答えが返ってくる。
「名前? 機体番号はね、PM-09-CSだよ」
「……違う。お前のだよ」
「あっ」
驚いたように声を上げ、少女はにこりと笑う。
「ツバサ。ツバサだよ!」
「ツバサ……か、俺は――」
名乗ろうと口を開けるより一瞬早く、少女――ツバサは駆け出していった。
「お、おい」
玄関のドアが閉まる音、所々さび付いた階段を駆け下りる音
滑ったのか、小さく声。転んではいない様なのでそのまま携帯電話のボタンを押す。
「あ、もしもし、パゴット飛行士養成所ですか? 昨日の夜そちらのパイロットが……」

それから先はどたばたと時が過ぎていった。
「風邪はどうしたんだい?」という質問や同僚の視線から逃げながら最終チェックをし、
待ちかねたようにやって来た『洗濯機の修理』や『巨大三輪車のメンテナンス』を終わらせ、
興味を持ったのかあれこれと質問してくるツバサにいちいち答えて、買出しを済ませて……と、
家へと戻った頃には太陽は沈んでいた。
それから急いで協力しながら夕食を作り、交代で風呂に入り――と、気がつけば真夜中である。
あわただしい一日だった。ヒューは濡れたままの髪をバスタオルでガシガシと拭きながらそう思った。
ふと、テーブルの上におかれたツバサの鞄に目が留まる。
ファスナーが開いているせいで中身が少し飛び出していた。
「何だこりゃ……飴、ゴーグル? それに…………これ」
見覚えのある物が目に入ったような気がした。
古ぼけた小さな飛行機のおもちゃだった。ブリキの赤い機体に黄色のプロペラ。
車輪の部分がひどく壊れている。テープのような物で一生懸命直したような後が痛々しい。
知っている、と記憶が叫んだ。手にとって眺める。
「ヒューっ、イチゴとメロン、どっちがいいー?」
そんな時ツバサの声が響き、ぱたぱたと足音が近付いてきた。
――そうだ、これは。

「ヒュー?」
アイスキャンデーを両手に持って現れたツバサは、怪訝な顔をしてヒューを見つめる。
手の中にあるおもちゃの飛行機を見て、目を丸くして呟いた。
「それ……」
「『ツバサ一号』だよな。俺が直せなかった」
ツバサの手からアイスキャンデーが滑り落ち、床の上でシャリン、と音を立てた。

ヒューは小さい頃から『修理の天才』と評判だった。
持ち込まれるおもちゃ全てをきれいに修理し、天狗になっていた頃
自分より少し小さいくらいの女の子が泣きながらやって来たのだ。
『お願い! ツバサ一号を直して!!』
折れた車輪の部分はそのときのヒューにどうしても直すことが出来ず
仕方なくテープでぐるぐる巻きにして返したのだった。
あの時誓ったのだ。大人になったら飛行機を直せる人になろうと。
それからだった、ヒューが飛行機やパイロットに憧れる様になったのは。

「……うん。でも、ヒューはちゃんと直してくれたんだよ。あたし、うれしかったもん」
「今なら、直せるけど」
「いいよ、あのまんまがいい」
「……は?」
「だって、あのまんまが一番だよ。だ……ってちょっと!? ヒュー!?」
『ツバサ一号』を横に置いて、ヒューはツバサを抱き寄せた。
温かい体を抱きしめて、ふわふわとした髪に頬をうずめる。
「ヒュー……?」
見上げるツバサの瞳は心なしか潤み、その頬には赤く血が上っていく。
耳まで真っ赤になった後おずおずと細い腕が伸び、やがてヒューの背中に回された。
「ツバサ」
名前を呼び、まだしっとりと水気を含んだ髪を梳くと、くすぐったそうにツバサは頭を振る。
ふと目が合い、気恥ずかしさに小さく笑う。
「ヒューのこと」
そこでツバサは言葉を切って、ぽふりとヒューの胸に顔をうずめてくる。
甘えるように頬擦りした後、小さく息を吸う音が聞こえた。
目の前にまた、ツバサの真っ直ぐな瞳が現れる。
「……大好き!」
真っ直ぐに自分を見つめるツバサの笑顔に
ヒューは自分の感情が一体なんだったのか、ようやく理解できたような気がした。

「……続き、いいか?」
そう質問すると、ツバサはぎゅっと目をつぶり、頷いた。
いくら何でもいきなりそれは無いだろうか。
ヒューはツバサをベッドに座らせ、かがんで彼女と目の高さをあわせた。
「怖いんだったら、やめるけど」
「違うよっ、怖いとか、嫌だとかっ、そういうわけじゃ、無くてっ」
ぶんぶんと首を振るが、こわばった身体は嘘をついていなかった。
そんな時、ツバサの腕に小さな傷跡を見つける。
これは擦り傷、あれは切り傷。良く見ると大小、新しさ共にさまざまな傷跡がついている。
――パイロットとしての訓練は過酷だ。傷だらけになるのも無理は無い。
男だったら『勲章だ』と笑い飛ばせても、年頃の少女にとって
傷だらけの身体はコンプレックスに決まっている。
「あたし、怪我とか青タンとかだらけで、その、身体とかあんまり、きれいじゃないからっ」
だから、と下を向くツバサを撫で、ヒューはもう一度抱きしめる。
「……夢追っかけて出来た傷だろ、恥ずかしがってどうすんだ。一体」
ツバサの努力の証だというのに。一体誰が笑うだろう。
「…………ヒュー……」
ツバサは驚いたように身を震わせると『ありがとう』と呟いた。
唇を触れ合わせるだけのキスをして、そのままヒューはツバサを縫いとめた。

服の上から胸に触れるとやはり恥ずかしくなったのか、ツバサは小さく身をよじった。
あまり大きさは無いが張りのあるそれは敏感で、徐々に性感帯へと育っていく。
「っゃ……」
ツバサが小さく声を漏らした。そっと服を脱がし悪戦苦闘しながら下着も外すと、しなやかな肢体があらわになる。
「やぁ……っく……ああぁっ」
上気した顔、甘い声。ツバサが快感を感じ取っていることは容易に分かった。
吸いつく様に手になじむ乳房を弄ぶと、時折ひくり、と身体を震わせる。
「だ……めだって……くすぐった……ぁ」
首筋を甘噛みし、尖らせた舌でなぞると瞳を潤ませいやいやと首を振る。
つうと左目から涙が零れ落ち、シーツに丸く染みを作った。
「ここは?」
舌を移動させ鎖骨のくぼみに差し入れると、そこが感じるのかぴくりと身体がはねた。
「やっあ……ヒュ……ーっ」
唇を自分のそれでふさぎ、歯列を割って進入すると、ツバサの赤い舌がおずおずと出迎えてくる。
絡め取って互いに舌を合わせると、微かな水音が部屋を満たしていく。
しばらくそれが続いた後、ヒューはそっとツバサの下腹部に手を伸ばした。
「っやぁっ……駄目だよ……そこ、なん……か変っ」
ツバサのそこが快楽に反応していることは明白だ。
とろとろと溢れる蜜は喜んでヒューの指に絡みつく。胎内に繋がる場所を探り当て、指を当てる。
「悪い、余裕無い」
つぷ、と音が鳴り、指でツバサの中が押し広げられる。
「つ……ひぅ……っあ……」
あふれ出す蜜の力も借りても、痛みは相当のものなのだろう。
眉根を寄せて耐えるその表情に、胸が痛む。濡れそぼるそこから指を引き抜いて、問いかける。
「本当に、大丈夫か」
ツバサは頷く。
「これが最後だからな」
念を押すように口を開く。ヒューにもあまり余裕は残っていない。
おそらくこれから先は、どんなに泣き喚かれようが止めることは出来ないだろう。
辛そうに眉は寄せながら、それでもツバサは笑みを浮かべる。
「大……丈夫だよ、絶……対、ヒューだもん」
潤んだ瞳でそう言われ、ヒューの理性は半分ほど吹き飛んだ。

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