第4話 「Take me to…」


──── 薄暗いホールにユキの涙声が響く。
「…お願い…もう歌わないで……」
ユキは涙を流しながら、崩れるようにして冷たいホールの床にすわり込んだ。
今までみたことのないユキの様子にモエは戸惑い、しゃがんで目の高さを合わせる。
「…ユキちゃ……なにかあったんかい?……」
ユキの肩に手を置き、穏やかな口調で聞いてみると彼女は小さな声で囁いた。
「……MZDにフェラチオしてたの……」
「…ふぇ…ら? …え? ゆゆゆゆユキちゃ…な、なに言って……」
思いがけない淫らな言葉が耳に飛び込み、モエは耳まで赤くなった。
だが、顔を上げたユキはまるで相手を馬鹿にするように、わざとゆっくりと言葉を発した。
「フェラチオの意味知らないの? M Z D の ち ん こ し ゃ ぶ っ て た の よ 」
続けて浴びせられる卑猥な言葉を遮るように、モエはやっとの思いで口から疑問の言葉を発した。
「…なして…? なして…好きでもねえのにそったらことするっしょや……?」
「彼と約束したのよ……ファミレスで、大勢が見てる前でフェラしたら私を選んでくれるって…」
忌々しげに吐き捨てるようにユキは告白をした。
モエはとても信じられないという表情で黙り込む。
「…ふん…最低って思った? 私は…最後に勝つためなら…なんだってするわ…」
既に涙は乾き、表情だけでなく口調も普段のユキに戻っていた。

「んふっ…んふふふ……ねぇ、卑怯なやつだって思ったんでしょ? 正直に言ったら?」
ユキは自嘲するような含み笑いをし、モエに詰め寄る。
「ユキちゃ…! …そったらことぉ……」
モエは後ずさりしながら首を横に振り、震える声で答える。
しかし、ユキはそんなモエを追い詰めるように目の前で大声を張り上げた。
「はん!? 『正々堂々と悔いのないように』って!? 『好きでもない相手にそんなこと』って!? あんた甘いわよっ! 笑わせない…」

ぱんっ

ホールに乾いた音が響いた。
右手を思いっきり振り切ったモエ。  左頬を押さえるユキ。
「こ…のぉ…たくらんけえっ!!」(ばかっ!!)
モエは胸の底からありったけの声で叫ぶ。
「…あなた…オーディション前の顔、殴るなんて…非常識よ……」
ユキは平然とした様子で頬を押さえ、モエを睨み返した。
モエに叩かれた頬はじんわりと熱く、冷えきった指を温めた。
モエの大きな瞳から涙が溢れている。 唇を噛みしめながら肩を震わせてユキの顔をじっとみつめる。
「…そんなに口惜しいの? ふっ…あんただってやればいいのよ! …しょせん男なんて…みんなセックスのことしか頭にないんだから」
「ちがうっ! …けほっ! こほっ!」
モエは激しく咳き込み、苦しそうに胸を押さえた。

「ユ…キ…ちゃ…なして……なしてそんなにいじめるさ…?」
呼吸困難になりながらもモエは言葉を発するのを止めなかった。
「…あなたのこと……? 簡単…はっきりいって虫が好かないからよ」
「ちがう…まるで…ユキちゃ見てると……自分で自分をいじめてるみたいだ……」
「…わたし…を…?」
意外な言葉にユキは怪訝な表情で聞き返した。
「ユキちゃ、ホントはそんな意地悪じゃないっしょ? 無理してるっしょ!?
 なして? なして、そこまでしてアイドルになりたいっしょや?」

なぜアイドルになりたいのか?─────今朝と同じ質問を再び突きつけられた。
カフェでは答えられなかった。 まるで過去を封印していたみたいに忘れていた。
今は…はっきり思い出せる………
ユキの脳裏にムカシノオモイデが蘇る。 ほんの一年前のムカシノオモイデ……。


わたし……わたしがアイドルになりたいのは────────────

パパとママなんかだいっ嫌い。 学校の先生は信用できない。
同年代の男の子は子供っぽくて興味がない。 くだらない女の子達となんか馴れ合いたくない。
街を彷徨えば、見知らぬ下心のある大人たちが寄ってくる。
…自分の居場所が欲しい……わたしはなにをするためにうまれてきたの?

そんなある日、あの二人に出会った。
深夜の駅前、帰りたくなくて膝を抱えて座っていた時に二人の歌声が聞こえてきた。
知らず知らずのうちに歌声とギターの音色に引き寄せられ、私はそこに近づいていった。

『今夜こそは時代を変えてくTeenage
 こんなんじゃもう とてもじゃないけどやりきれない 
 街はいつでもアコギのリズムで踊るよ
 ボクらの明日と一緒に』

そこには声を張り上げ、真剣な眼差しでギターを弾く、私と同じくらいの年齢の男の子が二人。
一人は、ぼさぼさ髪を薄くブリーチした人懐っこそうな少年。
もう一人の少年は、帽子を目深に被って表情を隠し、ひたすら演奏することに集中している。
そんな二人の不器用な精一杯のメッセージを込めた歌が私の心を掴んで離さなかった。
私のほかには誰も足を止めないで通り過ぎていくけど…私は彼らのすぐ前でじっと曲に耳を傾けた。

やがて曲がおわり、二人はぎこちなく私に微笑みかけた。
「ま、こんなとこかな… どう? 気に入ってくれた?」
ぼさぼさ髪の少年が照れくさそうに声をかける。
「え…? うん……いい歌ね……」

急に感想を求められて、どきっとしながら私は呟くように答えた。
すると彼は跳ねるように立ち上がり、ガッツポーズをして叫んだ。
「ヤッホオオオオッ! やったぜジュンっ! 俺たちのファン第一号だあっ!!」
「おい、シンゴいいかげんにしろよ…この子困ってるぞ…」
帽子のジュンと呼ばれた少年が彼をシンゴと呼び、呆れた声で諌めた。
「こまってなんかねぇよなっ!? やべっ! 俺、サインまだ考えてねえよ!」
「ばぁか! 本気で言ってんのかよ……えっと、ごめん…こいつすっかり舞い上がっちまって…」
ジュンは恥ずかしそうに帽子の陰で鼻をこすりながら私にぺこっと頭を下げた。
そんな二人を見ていたら私は知らないうちに笑っていた。
心の底から楽しいと思い、声を出して笑ったのは何年ぶりだったっけ?

それから週に3回、彼らが演奏する路上に私は毎回、足を運んだ。
最初は私一人だけだったけど、やがて少しずつ足を止めていく人や、私同様毎回聞きに来るオーディエンス達が次第に増えてきた。
その駅前には他にもストリートバンドやミュージシャンがたくさんいたけど、気がつけばジュンとシンゴのアコースティックデュオ『純真』の人気は一番になっていた。

「なぁ…ユキ、お願いがあるんだけど…?」
ある日、終電が過ぎて駅前の人影がまばらになった時、ジュンは私に声をかけた。
「んー…なんて言おうかな…今…女の子の気持ちを歌った曲つくってるんだけど……」
ジュンは帽子の鍔を下げて、もごもごと言い難そうに呟く。
すると、ギターをケースにしまっていたシンゴが見かねて大声をあげた。

「はっきり言っちまえよ! 俺たちが歌ったらカマっぽくてぶちこわしだかんよ!」
ジュンは相棒のデリカシーのない言い方に顔をしかめながら、意を決したように私に言った。
「まぁ、そういうわけなんだ……俺たちと…一緒に……歌わないか?」
突然そんなことを言われ、私の心臓は高鳴った。
「でも…わたし…カラオケも歌ったことないし……絶対下手だよ……」
ほんとはすごく嬉しかった…でも、うまくやれる自信がなくて私は断ろうとした。
「いんや! 俺の見たところ…最前列でいつも聞いてるユキちゃんのリズムのとりかた…ただもんじゃねえって感じたよ!」
私の顔を覗き込んで、シンゴがいつもの調子で言う。
「うん、俺もユキのリズム感っていいな…と、思う。 だめでもともと、やってみないか?」
そう言うジュンの顔はお世辞を言っているようではなかった。 まだ心臓のドキドキは収まらなかったけど……私は勇気を出して答えた。
「…ぅ…うん、やってみる……」

「こっちこっち! 暗いから転ぶなよ!」
私は二人に案内されて、駅から程近い雑居ビルの階段を登っていた。
「うん…でも大丈夫? 勝手に入って……」
「大丈夫だよ…ここは事務所とかばっかで夜は誰も居ないんだ」
ジュンが私の耳元で囁く。 確かに建物の中はしん、と静まり返って私達以外には人の気配はなかった。
そして、階段を登りきると屋上に続くドアがあった。
その重く錆付いたドアには『扉開閉不可 立入禁止』と書かれた紙が貼ってあった。

「…いきどまり…?」 「へへ…見てな……うりゃっ!!」
シンゴはドアノブを両手で持つと上に引き上げながら手前に引っぱる。
するとガゴッと金属同士が擦れる音がして扉がゆっくりと開いた。
「こうやらないと絶対このドアは開かないんだ…俺が発見したんだぜ!」
シンゴが得意げに胸を張った。
「ようこそ、俺達の秘密基地へ」
扉をくぐり、ジュンが私に微笑みながら言った。

「わぁ……きれい……」
屋上から望む夜の東京は、まるでどこまでも光りながら広がるクリスマスツリーのようだった。
屋上には明かりはなかったけど、色とりどりのネオンの光が私達を照らしていた。
中央にボロボロのソファが置いてあり、小さいテーブルや何本かのギター、ラジカセ、たくさんの雑誌や空き缶などが周りを囲む。
「ここでいつも練習してんのさ……誰にも内緒だぜ?」
シンゴは腰を降ろすとギターを取り出し、指で軽く弦を弾いた。
「すごい…これ二人で全部用意したの?」
わたしはわくわくを押さえきれずに二人に聞いた。
「ああ、ほとんど拾い物だけどな… さて、始めようか?」
ジュンと私はシンゴと向かい合うようにソファに並んで座った。
「ほれ、歌詞」 シンゴが折りたたんだノートの切れ端を私に手渡した。
その紙を開いてみると、一番上のタイトルにはこう書いてあった。
【 Take me to… 】

そして2週間後…
「今日もたくさん集まってくれてありがとっ! 実は…新曲が出来ましたっ!」
シンゴの発した新曲という言葉に、場は最高潮に盛り上がっている。
今日は、私が初めて人前で歌う日……
この14日間、ずっと練習してきた。 もう完璧に歌うことが出来る…はず。
でも…身体が震えて止まらない……できることなら逃げ出したい……。

…だめ…ここで逃げたら、私の居場所はない……

私は深呼吸をして二人の間に立った。
ざわめきが立つ中、シンゴが大きな声で私を紹介した。
「純真の新しい仲間、ユキちゃんですっ! それじゃ『Take me to…』聞いてくれ!」
二人のギターがリズムを刻みだす。 わたしは頭が真っ白になって無我夢中に歌いだした。

『…Take me so far away 扉を開いて
  Let me to fly away woo 風に乗れるから
  Take me so far away 二人だけの国
  Let me to fly away woo…陽のあたる方へ…』

歌いきったあと、私は目をぎゅっと閉じたまま動けなかった。
耳の奥では、私の心臓の音しか聞こえない。
顔に火がついたように熱くなる。
きっとみんな私のこと睨んでいる。
みんな純真の歌を聞きに来たのに、わたしなんかが出てきてぶち壊し……
やらなきゃよかった……

その時、私の肩を二人が同時に叩いた。
はっと顔をあげると、二人は微笑みながら親指を立てる。
私の目の前で……いつのまにか倍以上に増えたオーディエンス達が私達に拍手を贈る。 
背中を、何ともいえないゾクゾク感が駆け抜ける。
私は……人前で自分を表現する快感に…目覚めていた……。

「乾杯っ!」
あの屋上で私たち三人はビールの缶を突き合わせた。
初めて飲んだビールはすごく苦かったけど……ずっと何年も抱えていた心のモヤモヤを一気に吹き飛ばした。
「シンゴ、あまり勧めんなよ…俺たちまだ未成年なんだから…」
「わかってるって! でも…今夜は飲むぞーっ!」

私を真ん中にして三人でソファに並んで座り、たくさん話して、たくさん笑って、星空を眺めながら何本も空缶をつくった。
缶の中で泡がはじける音を聞きながら、二人と出会ってから今夜までの色々な想いで胸が詰まる。
「あはははは! でさ、あんときジュンが……  ユキ? どうした?」
「…ジュン…シンゴ……ありがとう……わたし……わたし……」
もっと沢山、感謝の言葉を言いたかったけど…涙で言えなかった。
「おいおい! 酔ったのか? ユキちゃんは笑顔が一番だかんよ!」
すっかり酔ったシンゴはそう言って、私の顔に手を添え…いきなり唇を重ねてきた。
「……っ!」
唇同士が触れ合う柔らかい感触……私はびっくりして顔を離し、目をぱちくりさせる。

「ほぉら♪ サイコーの笑顔が……ぁっ!!」
私の顔を指差し、ニカッと笑ったシンゴの身体がいきなりソファから派手に転がり落ちた。
ジュンがシンゴの胸倉を掴んで殴り飛ばしたのだ。
「きゃぁ! シンゴ!?」
振り向くと拳を握り締め、仁王立ちになったジュンがシンゴを睨みつけていた。
「シンゴぉ…今……ユキになにをしたっ!」
シンゴはゆっくりと立ち上がり、血の混じった唾を吐く。
「て め ぇ …ぁにすんだよぉっ!!」
シンゴがジュンに飛びかかり、二人は手の付けられない取っ組み合いを始めた。
「やめて! 二人ともやめてーっ!!」


────────────────────

「…ぐすっ……二人とも気がすんだ…?」
「…はぁ…はぁ…おい相棒……気が済んだかってよ……?」
「……気が済むも…これ以上殴ったら…指がイカレちまう……」
二人は顔に痣を沢山つくり、息も絶え絶えで座りこんでいた。
私はそんな二人を見ていると涙が止まらなかった。
「…うぇ…ぅ…なんで? ぐす……なんでそんな本気で喧嘩するの?……二人は親友なんでしょ……? ひぐ…」
私は手で顔を押さえたまま、二人の友情を壊してしまったことに本気で後悔をしていた。

そんな私を二人は黙って見つめていたが、顎を掻きながらシンゴが先に言葉を発した。
「ふー……なぁジュン…もしも、ずっと練習してきた曲をさ、緊張して初めて人前でやって…めちゃウケしたらどうよ?」
「ああ、最高だな……忘れられない日になるな」
「だろ? そんな最高の夜に、可愛いユキちゃんが隣で泣いてたらほっとけねぇよな!?」
「当然だ…ユキは笑顔が一番だからな」
「…で、横を見たら…泣き顔につやつやした可愛い唇が目の前にあってよ…おまえなら我慢できるかっての!?」
「…………無理だな…」
「つーわけで……勘弁っ!」
シンゴは額を床にすりつけて土下座をした。
「……了解…ふぅ」
指を二本、額につけて敬礼のような仕草をしたジュンは息をついた。
「…仲直り……したの?」
私は二人の様子にただ驚くばかりだった。 男の子の喧嘩って……?
「あ? 何が? こんなの曲作りのときにゃ毎度のことだよ…な?」
「ああ、大した事じゃない…」

思わず私は両腕をいっぱいに拡げて二人に抱きついた。
「大好き…二人とも大好き……」
二人は顔を合わせて微笑み、私の頭をやさしく撫でた。
「…いつまでも…三人で…いようね……私…ここに居ていいんだよね?」

「もちろんだよ… これからもよろしくな」
「ユキはもう俺たち純真のメンバーだよ!」
私は顔を上げ、二人の顔を見つめながらお願いをした。
「……お願いがあるの…三人で一つになりたい……」
「…? どういうこと……?」
「…抱いて……二人で…私を……」

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