第3話 「MZD」


「…てなわけで来るのが遅くなったが、今日からここで仕事すっからよろしくなー」
ホテルのメインホールに特設されたステージの上で、マイクを通して簡単な挨拶が終わった。
このオーディションも中盤を迎えていたが、主催者であるMZDは今日初めてこの会場に現れた。
そのせいかホールは普段とは違う緊張感に包まれている。
現在、ホールに集まった100人弱の参加者は同じ事を心に思っていた。 …これからが本番だと。

そして入れ替わりにスタッフリーダーの犬千代が説明をした。
「えー、歌唱審査の方法ですが…このステージを使って一人一曲づつフルコーラス歌ってもらい、最後に審査発表をします」
途端に会場内がざわめく。 全員一人ずつ審査をする…言うのは簡単だが、単純に持ち時間を一人5分としても8時間以上はかかる。
他にかかる時間も考慮に入れると、下手したら深夜にまでおよぶ可能性もあった。

「…あー、しーずーかーにー…なんか文句あるか?」
MZDの一言で、一瞬にして場内が静まり返る。
「せっかくだから俺、全員の歌を聴きたいんだよな…あ、それと課題曲…おまえら、ちゃーんと覚えて来ただろうな?」
課題曲……このオーディションに合格した者にデビュー曲として与えられる『ファーストステップ』の事だった。
初日に参加者全員にデモMDが配られ、皆、この日まで毎日何度も繰り返して聞いてきた。

「…順番は早いもん勝ち、つまり審査を受けたいと思った者順だ…誰からでもいいぞ。
 それから…順番待ちの間や歌い終わった後は、全員が終わるまでなら勝手に好きなことしてろ」

MZDが指を鳴らして合図すると、犬千代がクリップボードとペンを手に準備した。
「では、最初に希望されるかたは僕に言ってください」
だが、一瞬の間を置いても、名乗りを挙げるものは誰一人居なかった。
誰もが周囲を見渡したり、近くにいる者と小声で囁きあっている。

ユキはそんな様子を観察しながら、自分の取るべき行動を考えた。
『…一番最初に出てくる奴なんかいるわけない……わざわざ自分にプレッシャーかける必要なんかないし……
たぶん、そのうち誰も出てこないからエントリーoとかで始まる…
…ま、理想は一番最後かな…全員の実力を見られて、MZDの印象にも残るし……』

「はーいっ!! わたしいっちばーんっ!!」

突然大声がホールに響き、黄緑色の袖がまっすぐ天井に向かって伸びた。
全員が一斉に注目する先に、他の参加者をかき分けながらステージに近づくモエがいた。
「ば…馬鹿っ! あいつ…何やってんの!?」
思わずユキは駆け寄ってモエの腕を掴んで止めようとしたが、思い立ってふと足を止めた。

『……別にそんなことする義理もないか……正直うっとおしいから、さっさとお帰り願いたいし……
それに、どうやってここまで生き残ってきたのか、お手並み拝見といこうかな……』
ユキは唇の端で笑うと腕を組み、事の成り行きを見守ることにした。
そしてモエが犬千代に受付を済ませると、徐々に他の参加者も立ち上がり並び始めた。

「よーし、よく出てきたな……ジャージちゃん、準備いいか?」
そう言うなり、行儀悪く足を長机にドカっと投げ出したMZDはニヤッと口許で笑った。
「はいっ! でも…ちょびっと緊張してるべさ…あはは…」
モエは照れ隠しに笑うとマイクを握り、すうっと深呼吸した。
「よっし! 一発目いってみよっか! MUSIC!!」
MZDが片手を挙げると短いイントロが流れ出す。 モエはつま先でリズムをとり…

「 わたしをかえて やさしくつかまえて せつないのよ こんなに好きだから… 」

曲が始まる一瞬で、モエの全身はオーラが見えるほど輝いていた。
「…え……?」 ユキは思わず息を呑んだ。
「…ちょっと……あれ……」 近くの者とこそこそ私語をしていた他の参加者たちも静まり、呆然とステージを見つめる。
それは天性の才能……アイドルに必要不可欠な資質の一つだった。

「Wow!! ビューティフル!」 MZDはそう叫ぶと大きな音をたてて手を叩いた。
スタッフも含めホールにいるすべての人間が感嘆の溜息をつく。
歌声…振り…すべてが観る者に勇気や明るさを与えるほど輝いている。
ステージの上のモエは、全身で歌うこと自体が楽しくて、嬉しくて、たまらないように表現している。
目に映る姿は、いつもの黄緑色のジャージではなく、まるで煌くステージドレスを纏っているように見えた。
そして、徐々にクライマックスに向かって盛り上がっていく。
もう、誰もが目を逸らすこともできなくなっていた。

  「 は や く ! わたしに触れて やさしくつかまえて 眩しいのは 季節のせいじゃない
     次のStep つま先立ちのKiss 無邪気なまま 大胆になれるの
       わたしをかえて ここから連れ出して 眩しいのは太陽だけじゃない
         恋がはじまる それは予告もなく せつないほど あなたを好きになる… 」 

曲が終わるとモエはぺこっと頭を下げた。
「…ふぅ……どうもでした♪」
しんと場が静まり返る中、ユキはステージから降りていくモエを見つめていた。

…まさか……一瞬……ここがコンサートホールに見えた……

背筋がぞくっとしてユキは自分の肩を抱いた。
見わたせば、そこはただの殺風景なホールで、モエの姿もいつものジャージに戻っている。
まるで居合わせた全員がモエに魔法をかけられていたようだった。

ぱち… ぱち…… まばらにあちこちで拍手の音が聞こえる。
タオルで汗を拭いていたモエが顔をあげて、皆にニコっと微笑む。
すると一斉に会場中で大きな拍手の音が響いた。 他の参加者もみな、惜しみない拍手をモエに贈る。
「……ま……まさか……侮っていた……」
ユキだけが拍手をしなかった。 できなかった。 唇を噛み、敵意を剥き出しにした目で、喝采を浴びて照れているモエを睨んでいた。

「ほら次、用意しな!」
すかさずMZDが促し、次々と順番に審査が続いていった。

──あれから数時間が過ぎ、休憩なしのぶっ通しで審査は続いていた。
時計は午後9時を指し、ホールの中に居るのは数人の順番待ちと疲労しきったスタッフ、そして…
「いいネ!! もっと自信もって! VeryGood!!」
MZDだけが常にハイテンションを持続しつつ、すべての参加者の歌を実に楽しそうに聞いている。
…いつもながら……怪物ですね、あの体力は……と、犬千代が聞こえないように呟く。

ユキは最初の思惑通り、ホールにずっと居残り、冷たい床に座って参加者全員の歌に集中していた。
その時、彼女はレオタードと薄いジャケットしか着ていなかったのだが、寒さに耐えながらじっと最後の順番を待っていた。

「はいっ! ユキちゃ!」
背後にモエが突然現れ、振り向いたユキにホットミルクを手渡した。
「……モエ?……あんた何処にいたの?」
モエは一番最初に歌い終わってから、今までずっと姿を消していたのだった。
「んとね…お昼食べて、部屋でたんと寝てたべさ いんやぁ、一番最初に歌えてラッキーだったわ!」
あはは、と笑いながらモエはユキのとなりに座った。
「…………どうだか……あなた、他の子たちの戦意を削ぐ為に…最初にやったんじゃないの?」
ユキは立ち上がり設置してあるゴミ箱に行くと、まだ湯気の立つミルクを一口も飲まずにカップを傾けて全部捨てた。
「あ……ユキちゃ……ミルク嫌いだったかい……?」
モエはユキの行動に戸惑いながらも、気遣うように聞いた。
「……悪いんだけど、周りでちょろちょろしないでくれる? 迷惑だから」

ユキは紙のカップを握りつぶし、ゴミ箱に投げこんだ。
「……わたし……あなたみたいに、何食わぬ顔で周りを小馬鹿にする奴って…大っ嫌いなの」
不意にナイフで突き刺すようなユキの悪意のある言葉で、モエの目にじわっと涙が浮かんだ。
「…そ…そんなぁ……誤解だべ…… なして? ユキちゃ……友達……しょ……?」 

「えー…やっと最後の…52番……準備してください……」
その時、犬千代が最後のユキを呼び出した。
「……邪魔よ」
その場でジャケットを脱ぎすてたユキは、涙ぐむモエを片手で押しのけステージに向かって行った。
「……ゆ…ユキちゃ! けっぱれ!!」
モエは精一杯に笑顔を作ってユキの背中に声援を送った。
だがユキは足を止めず「……見てなさい…思い知らせてあげる…」と口の中で呟いた。

「Yo! いよいよ登場かぁ!? オーディションキラーが…はははっ!」
MZDはステージに上がるユキを見ながら笑った。
「…よろしくお願いします…」 ユキはマイクを握り締めた。
イントロがホールに流れていく。 そしてユキは今まで決して見せなかった真の実力を全て解放した。

「…Great!! 最っ高だったぜ!!」
MZDは歌い上げたユキに最大の賛辞を贈った。
ユキのパフォーマンスは、長時間にわたる審査のせいですっかり緩んでいたホールの空気をも一気に引締めた。
ダイナミックな歌声、派手なダンスアクションはモエとは違う魅力に溢れ、同じ『ファーストステップ』がまったく別の曲に聞こえるほどであった。

「すごい…ユキちゃ… なまらかっこよかったべさ!!」
直前で見ていたモエは興奮を抑えられないまま、ユキにタオルを差し出した。
全力を出し切ったユキは、まだ周囲に白い蒸気がたつほど熱を帯びていた。
「…はぁ…はぁ……あんたなんかに…あんたなんかに…負けないから…絶対に……!!」
キッと睨むとユキはモエの手を払いのけ、ステージから降りていく。

「おーい、すぐに発表すっぞ! みんな集めろ!」
MZDの声にユキは足を止め、溜息をついてステージ前に戻った。
…?…まさかこんなにはやく?……
モエは戻って来たユキの肩にタオルをそっとかけた。
「えへ……風邪ひくっしょ?」
「………ふん……」 顔をそむけながらユキは、そのままタオルで額の汗を拭った。

犬千代が全館放送で参加者に集合をかけると、程なくして全員がまたホールに集まった。
「待たせたな! んじゃ、今からお帰りの方々を発表するわ」
MZDの声が響き、静まりかえった会場に緊張が走る。

「えーと……52番と318番っ!」

一瞬の間の後、ユキの顔がさあっと青ざめていく。
「……え……? …わ…わたし……?」
そしてモエも慌てふためき、ユキにぎゅっと抱きついた。
「えええええええっ!! わ、わわわわわたしもってかいっ!?」
ユキとモエは二人とも揃って世界の終末を迎えたような顔になり、張り詰めていた最後の気力が切れるとへなへなと床に座り込んでしまった。

「……以外は失格っ! さっさと荷物まとめて帰れ!!」
ええーっ! と今度は会場全体がひっくり返るほどの声をあげた。 冗談じゃなければ90人以上が一度に失格ということになる。
「あ? 文句あるか!? んなレベルばっかじゃ何日かけても一緒なんだよなぁ…」
天才プロデューサーの呆れたような声に、場は黙り込んだ。
「言いたいことあったら俺の部屋に来い、聞くだけ聞いてやる。 それと明日の午後3時に、そこの二人で最終審査な…」
MZDは、まだ呆然と座り込んでいる二人をゆっくり指差した。
「俺の前でなんでもいいから一曲歌え、以上ッ!」 それだけ言うとMZDはぶらぶらとホールから出て行った。

『……今夜が…最後のチャンスかも……』 ユキは去っていくMZDの背中を見ながら下唇を舐めた。

エントランスからぞろぞろと出て行く失格者たちの列を、MZDは最上階のスウィートルームの窓から見下ろしていた。
すると、何度目かの扉をノックする音が聞こえ、MZDは「入れ」と声をかけた。
…また泣き落としか? それとも逆切れか? やれやれとソファに座りなおす。
だが、失礼します…と、扉を開けたのは最終審査に残ったユキだった。
「んあ? お前も俺に文句あんのか?」
MZDは意外な人物の登場で呆気にとられた。
「……いえ……明日のこと考えたら……眠れなくって……」

ユキは男物のだぶっとしたTシャツをワンピースのように着ていた。
Tシャツからは白くてすらっとした足がのび、胸の先には二つの突起が浮かぶ。
ユキはドアの内側にもたれて、相手を見つめながらTシャツに手をかけ少しずつ上に捲り上げていく。
「…んふ…んふふふふっ……」
そして妖しい笑みを浮かべて、股間を覆う小さな三角形の白い布地をちらつかせた。

MZDは口元で薄く笑うと、ソファから立ち上がった。
「…とりあえず…茶ぁ飲みにいこうぜ? な?」

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