第2話 「モエ」


「ん、…ん、んー……」

午前5時45分、まだ冬の夜は明けていない。
汗が額に流れるほどの蒸し暑さと、思うように身動きが取れない寝苦しさでユキは浅く目を覚ました。
「…ん…んんっ……」
部屋の中は真っ暗で何も見えないのだが、何者かがユキのベッドの中に侵入しているのを感じた。
しかしユキは、まだぼんやりと夢の続きと思い込んでいた。

ユキは隣のベッドに背を向けるような形で寝ていたが、何者かがその背中に密着するように体を押し付けている。
「…あ……あぁ…ん……」
背中に伝わる体温から逃れようと身をよじると、しっとりと寝汗をかいた胸の谷間にむかって後ろから手が伸びてきた。
「んんっ! ……ぁんっ……」
毛布の中でユキはタンクトップにショートパンツという無防備な姿だった。
その手は、弾力のある大きめの乳房をタンクトップの上からゆっくり撫で回していく。
「…はぁっ…んっ! あぁ…はぁ…」
手が動くたびにユキの唇から甘い息が漏れる。
そして、這い回る指が敏感な蕾を探し当てると、指先で押し潰すようにゆっくりと円を描くように動いていった。
「ひいっ…! あ……ひ……きもち…い……」
ユキは体をびくっと痙攣させ、電気のように伝わる快感に身を委ねる。
指の中でユキの蕾がむくむくと立ち上がり、固くなっていく。
待っていたかのように背後の手は、乳首を人差し指と中指、親指できゅっとつまみ、グミを指先で揉むように弄ぶ。
その度にユキはとろけそうな声をあげた。
「あぁあん……やぁあ……だめっ…だめぇ……」

しかし、指の動きはだんだんと強くなり、むしろ抓るといったほうがいいくらいの刺激を乳首に与える。
「い……痛いっ!」
ユキの意識は夢現の中から一気に覚醒し、自分の置かれている状況に戸惑った。
「はぁっ…はあっ……誰? 誰なの!?」
そして、うなじのあたりに温かい吐息が規則正しいリズムで吹きかけられて、ユキは背中に鳥肌が立つのを感じた。
「ちょ、ちょっと……やめてよ…っ…!」
ユキはもぞもぞと動いて背後の人物から逃れ、腕を伸ばしてランプのスイッチを入れた。
カチッと軽い音と共に室内にランプの強烈な光が一気に広がる。

「ん…んー……まぶし…ぃ…よぉ…」
「な、なんであんたがここにいるのっ!?」
ユキの背後に居たのは、隣のベッドで寝ていたはずのモエだった。
モエはパジャマ姿で寝ぼけまなこを擦りながら、まだ眠たそうにしている。
「……んー……ユキちゃ…おはよ…でしたぁ…あふぅ…」
モエは欠伸混じりで朝の挨拶をした。
「おはようじゃないわよ、寝ている間に何すんのよ!」
ユキは両腕で胸を押さえて、警戒するようにモエから離れた。
「ん……夢見てたべさ……ハナコのおっぱいさ、揉んでた……」
夢の続きが名残惜しそうな、とろんとした目でモエは呟く。
「…あ、あんた、そういう趣味だったの? 何? ハナコって彼女??」
「…いんや、隣んちのベコだべさ……よく乳搾り手伝ったべ……」
ベッドから落ちそうになったユキは、牛扱いされたことで瞬間的に怒りがこみ上げた。 
「あんた失礼ね!! …はぁ……だから、なんでここで寝てるの?」
彼女の奇妙な行動に溜息をついたユキは、抜け殻状態になっている隣のベッドを呆れた表情で眺めた。

「んー…ごめんね、さっき…トイレさ行ったら、なまらしばれるっしょ?
 したっけさぁ、つい…ユキちゃの背中、温(ぬく)そだなって思ったんだわ……」
モエはユキの毛布にくるまって、せっかくの暖気を逃がさないようにしながら言い訳をした。
「だからって初対面の人間のベッドに潜る? ……フツー……」
完全に寝場所を奪われたユキは、ぶつぶつ呟きながらベッドから降りた。

仕方なくユキは少し早めに起床することに決めて、勢いよくカーテンを開けた。
外はやっと東の空が明るみ始めた頃で、窓の外の澄んだ空気は、冬の朝特有の冷気を含んでいるようだ。
しかしユキは、きちんとパジャマを着たモエよりも薄着なのだが、それ程特に冷え込む朝だとは思わなかった。 
「……でもあなた、北から来たんでしょ? なんでそんなに寒がりなの?」
毛布の中でぬくぬくしているモエに素直な疑問をぶつける。
「すったらこと言ったってぇ、温くなければあづましくねぇべさ? 内地は床暖もダルマもないっしょ」
「……ユカダン…? ……ダルマ……?」
ユキはモエの発言の5割も理解できなくなっていた。
「なンまらしばれて大雪さ降る日はゆるくなかったべさ! 
 わたし、人一倍寒がりで、学校さ行かさる時も友達さ誰でもかまわずふっついて、いっつも笑われたべさぁ」
一人で一気に喋るとモエは毛布の中でくすくすと笑った。
「あれぇ? ユキちゃ??」
モエが毛布から顔を出すと既にユキの姿はなく、バスルームの方から温水が跳ねる音が聞こえてきた。
「……東京に来たんなら…標準語ぐらい使えってのよ……田舎者が……」
シャワーの栓を目いっぱい開いて悪態をかき消し、ユキは明らかに不機嫌な顔で寝汗を洗い流していた。

「ふうっ……次、使うでしょ? シャワー……」
体にタオルを巻き、髪を拭きながらユキがバスルームから出てくると、モエは再びすやすやと寝息をたてていた。
「もうっ! 起きなさいよ! 子供じゃないんだから!!」
苛々が頂点に達したユキは、ついに怒鳴った。
「…ん……むにゅ……まだ7時前っしょぉ……?」
モエはユキの怒声から避難するように布団に潜りこむ。
「今日の集合は10時でしょ? さっさと仕度しなさいよ!」
ユキはモエの体を毛布の上から揺すった。
「なぁんもだ……10時ごろってかい…? あふぁ…したらちゃんと起こさるべさ…」
「『ごろ』じゃなくって『まで』!! 今日は昨日みたいに遅刻したら完全アウトよ!」
ついにユキはモエの毛布を強引に引き剥がした。
「ゃああぁん! ひゃ、ひゃっこいぃ!」
モエはダッシュで自分のベッドに逃げ込み、毛布を被るとぷるぷると震えた。
「…………………」
…なんであたしってば、こんなやつの面倒見てんだろ…と、放置することにし、
ユキは下着を身につけると鏡の前でさっさとメイクを始めた。


ホテルのフロントに隣接してあるカフェでは、早朝から朝食を摂るスタッフや参加者が頻繁に出入りしていた。
今日の歌唱審査は午前10時からである。 準備のあるスタッフはもちろん、オーディション参加者も慌しく入れ替わる。
ユキはミネラルウォーターを手に、ほぼ中央にあるテーブルについた。

朝のカフェは一番混む分、聞き耳を立てていれば色んな情報が入ってくる。 この情報収集はユキの日課であった。
『ねえ、聞いた? アイスさん、今朝早くここ出ちゃったんだって…』
『うん、ロスでレコーディングだってね……それにしても急だよね…』
『あくまでウワサだけど……誰か参加者と…………だって!?』
『えーっ! ありえなくなぁい?』

ユキはグラスの水をぐっと飲み込んだ。
……逃げられた…… ま、いいか…これ以上は無理そうだったし……いざとなればコレもあるし……
ユキはテーブルの上のデジカメを見つめた。

エントランスががやがやと騒がしくなった。 なにやら大人数で機材を運び込んでいる。
背中に『オーディションバラエティ POPYAN』と書かれたTV局のクルーが忙しそうに準備していた。

ポプヤンとは、今まで多くのアイドルを世に輩出した実績をもつ、十代を中心に絶大な人気を誇る番組だ。
内容は様々なオーディションを企画し、その様子を追いかけたドキュメント風味なのだが、大げさなナレーションとあざとい次週への引き

がよく批判され、さらにやらせ疑惑までも噂されている。
しかし話題が話題を呼び、かえって視聴率は常に最高の座を保持している怪物番組であった。
もちろんユキは、様々なオーディションに応募して何度もこの番組に出演したことがあり、必ず最終選考まで勝ち残ったり、優勝したりの

実績を何度も全国に放送されて、ちょっとした有名人だった。
今回のMZD主催のオーディションは番組の目玉企画であり、その様子は最初から毎週リアルタイムで全国放送されている。
そんな中、スタッフの一人が『番組の常連客』であるユキの姿に気づいた。
「おっ、カメラ用意しろ! ユキがいるぞ!」
「ユキちゃんっすか!? へぇ、やっぱ余裕で勝ち抜いてきたんすねぇ」
どたばたとカメラを担いだ男たちがカフェに乗り込んできた。

「ユーキちゃん! おはようございまーす!」
顔なじみのスタッフがへらっとした軽い笑顔で挨拶し、ユキにマイクを向ける。
「え……? あ……!? …お、おはようございます!」
ユキは、突然のことに戸惑いながら、立ち上がり返事をする……様子を完璧に演じた。
単純なポプヤンのスタッフなら、一直線に自分に絡んでくることなんか簡単に予想できたのだ。

「ユキちゃん、突然ごめんねぇ。 カメラに今回の意気込み伝えてくれるかな?」
カメラが向けられ、ユキを中心にちょっとした人だかりが出来た。
「えーっ…!? あのぉ……今回は……すっごく歌やダンスも……上手な人たちばっかりで……えっと…あまり自信ないです……」
少し首をかしげ、はにかみながら答える。 彼女の計算が正確なら一番カメラ映りが良く可愛くみえる角度だった。
「でも…夢の為に一生懸命がんばります! 応援よろし「あれぇ? これカメラまわってるってかい!?」
可愛くガッツポーズを決めるユキを遮るように、いきなり画面にモエの顔がアップで出現した。
「はあぁい♪ わたしモエでーすっ! 今回はっちゃきこいでいくべさ! みんなぁずっぱり応援してねぇ!」
「モ…モエっ!?」
「おいっ! カメラ止めろ!!」
スタッフたちは慌ててカメラを止めたが、モエはまだレンズの前で手を振ったりしていた。
「ちょっ…と!! あんた何考えてんのッ!!」
ユキはモエの手を引いて強引にカメラから引き剥がした。
そして、つい公衆の場で怒鳴ってしまった事に気づき、慌てて自分の口元を手で押さえる。
だが周りの反応はモエのインパクトの方が強かったおかげで、どうやら大丈夫だったようだ。
「あ、ユキちゃ! 朝ごはん食べたかい?」
モエは黄緑色のジャージを着て、手にはサンドイッチとクロワッサン、コーヒーの入ったカップが載ったトレイを持っていた。
そして、ここいいかい?と、ユキと同じテーブルに勝手にトレイを置き、正面に座った。

「…やばっ! …ユキちゃんごめん! 時間無いからまた後で!」
ポプヤンスタッフたちは急いで撮影機材を片付けてカフェから出て行った。
そしてエントランスで、同じスタッフの中でも偉そうな人に怒鳴られている。
きっと許可なしのスタンドプレーだったのであろう。  そんな様子をユキは立ったまま、ぽつんと見送った。
……こいつ……よくも…邪魔してくれたわね………
ユキはキッと睨みつけたが、モエはそれに気づかず幸せそうにサンドイッチを口に運んでいた。

「やっぱ東京ってすごいべさぁ、こんなとこまでTVカメラきてるんだもんな」
にこにこと朝食を摂りながら明るく話しかけてくるモエに対し、ユキは無言のままだった。
「ユキちゃ? なぁんも食べなくて平気ってかい?」
モエがそう言ってクロワッサンに手を伸ばした時、ユキはいきなりモエの手首を強く掴んだ。
「きゃっ!? ユ、ユキちゃ?」
「…あんた食べすぎ。 これから何の審査があるかわかってるの?」
手首をぎゅっと握りながら、小声だが凄みのある言い方でユキはモエに訊いた。
「きょ、今日は歌の審査っしょ……?」
「…なってないわね……胃が膨らみ過ぎたら腹筋に力入らないでしょ? 声のボリュームがなくなるわよ」
「あ……そっか……」
少ししゅんとしながらモエは手を引っ込め、コーヒーカップを持ち、口に運んだ。
そんな様子を見てユキの加虐感が加速する。
「はぁ……コーヒーなんか飲まないでよ…」
ユキは腕組みしながら溜息と共に冷たい声で言った。
「え…? え? だめってかい?」
モエはカップとユキの顔を交互に見ながら戸惑う。
「あなた何も知らないのね……歯に色が付くのよ。 期間中、歯医者なんか行けないでしょ? 
 煙草はもちろん、お茶やコーヒー、紅茶、赤ワイン、プルーン、カレーは厳禁ね」
「う……うん……」
モエはそのままカップを置き、何もできずに黙って俯いてしまった。
ユキはそんな意地の悪い皮肉を言うくらいしか今はできなかったが、そんなモエの様子に優越感を得て少し気が晴れた。

「うふっ……うふふっ」
突然、俯いていたモエが笑いだした。 そんなモエを見て、ユキは怪訝な顔で訊いた。
「……何が可笑しいの?」
「うふっ…あははっ! ユキちゃって……ほんとはなまらやっさしいんでないかい!?」
ぱっと顔を上げたモエは、明るい笑顔でユキを見つめた。
「や…やさしい? あたしが!?」
いきなりそんなことを言われてユキの顔がかっと赤くなる。
「なんもだ、部屋さ移るとき他の子がみんな、ユキちゃはおっかないから気をつけろっていってたけどさ」
「なんですって!?」
思わず椅子から立ち上がる。 陰でそんなこと言われていたとは……ますますユキの顔が熱くなっていく。
「したっけさ、ちゃーんと朝起こしてくれたし、親切にいろんなアドバイスしてくれるっしょ?
 わたし、ユキちゃと友達になれてほんとに良かったぁ」
そういって無邪気に微笑むモエの言葉は本気のようだった。
ユキはなにか言い返したかったが、何を言えばいいのかわからず、何か言いかけた口をそのまま閉じた。

「…ふうっ……だども……このオーディション、あたし絶対に負けねぇさ……」
一息つくと突然モエの表情が変わった。 真剣な瞳に微かに物悲しげな光が宿る。 
「ユキちゃは…なしてアイドルさ、なりたいんかい?」
「わたし…? わたしは……」
ユキは次の言葉が出てこなかった。 椅子に座りなおして自分に単純な疑問を投げかける。
わたし……なんでアイドルになりたいんだろう?  有名になりたいから? お金が欲しいから? どれも違う。 
毎日、息が出来なくなるほど歌やダンスの練習して…遊びに行きたいのも我慢…食べたいものも我慢…
お金は全部、お化粧やエステに使った。 そして……カラダやプライドさえも男たちに差し出した…
……わたし……なんでそこまでしてアイドルになりたいんだろう?

「わたし…ほんとはこっちの生まれなんだわ……」
答えの出ないユキに、モエは先にゆっくりと語りだした。
「…北のほうじゃなかったの?」
「生まれは埼玉だべ。 だども、ちゃんこいころに母ちゃの故郷、北海道さ連れて行かれたべさ」
「どうして?」
「父ちゃが…突然居なくなったべさ。 死んじゃったって聞かされてたども…ほんとはどっかで生きてるんだと」
「それが……アイドルになるのと関係あるの?」
「うん! 有名になって毎日テレビさ出れば…父ちゃ、わたしに気づいてくれるっしょ? いつか逢いたいんだ…」
突然、ユキは人差し指を立てるとモエの唇にあてた。
「…喋りすぎ……スキャンダルになりそうなことは、軽々しく喋るもんじゃないわ…」
モエの耳元で小声で警告する。
「あ…やっくい…」
モエは大げさに両手で口を塞ぎ、周りをきょろきょろと見た。
「…ふん、雲を掴むような話ね」
ユキは冷たい口調でそう言うと再び席を立ち、モエを見下ろしながら続けて言った。
「…でもあなたに勝ちは譲らない。 あなたのその想い、叩き壊してやるわ」
二人はどちらも目を逸らさず、じっと見つめあう。
そしてモエはニコッと笑い、そして握手の手を差し出した。
「なんも、わたしも全力でいくべさ!」
しかしユキはその手を無視すると、踵を返してカフェから出ていった。

モエはユキの後ろ姿を見送り、ちょっとだけならいいっしょ? と冷めたコーヒーをこくんと一口飲み込んだ。

ユキはエントランスからホテルの外へ出て行き、中庭を歩いていた。
すべては順調だったのに……あいつが現れて…何かが狂ってきた……。
冬の澄んだ冷気で頭を冷やす。

アイドルになりたかった理由……はっきりと思い出した。
わたしは、その理由すら忘れるためにレッスンや、他人を陥れる策を巡らすことに没頭した。
レッスンは辛かった。 身体を壊しても休まず続けた。
何かひとつ策を企てる度に、わたしの中で何かが壊れていった。
でもわたしは幸せだった。 集中しているあいだは嫌なことはすべて忘れられたから。

ユキは自分の足元だけを見て歩き続け、気づかぬ間に中庭から裏の駐車場に出てきてしまった。
そして不意に、車から降りてきた人物とぶつかった。
「…ごめんなさい」
やっと顔を上げたユキは相手に小さく詫びた。
「おお、気にすんな」
ぶつかった相手はラフな口調で声をかけてきた。
「それよかお前、オーディションに参加してるんだろ? 準備はいいのかぁ?」
え?……関係者? と、ユキが相手の姿を見た途端、全身に緊張が走った。
その男は小柄な風貌で、服装も含めて少年のような雰囲気を持っていたが、サングラスに隠された目から言いようの無い威圧感を発してい

た。

「……え…MZD……?」

「Yes I am♪」

男は、わざとおどけるように答えた。
彼こそ、このオーディションの絶対的支配者であり、『神』と『悪魔』の二つの名を持つ男だった。

<続く>

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