バレンタイン編


今日は土曜日、久しぶりに朝寝坊がしたかったけど…お腹を空かせたウチの猫に無理やり起こされた。
「サトウー、おなかすいたにゃぁ! ごはんー!」
そう…ウチの飼い猫『ししゃも』はある日突然、人間の女の子の姿で言葉を喋るようになった。
原因はいまだにわからず、おかげでいろんなトラブルもあったが、今のところ…なんとかうまくやってる。
詳しくは前スレ参照のこと。

「…ししゃもー、そろそろ焼けるから食器出しといてー」
僕は網の上の鯵をひっくり返しながら声をかけた。
だが、いつもの元気な返事が無い…見てみると、どうやらテレビに夢中になっているようだ。
「…にゃあ……んにゃ…」 なんだかよくわからないが、途中で頷いたりしている。
しょうがなく自分で棚から皿を出して、こんがり焼けた鰺の開きを二枚並べる。
「…さっきから何みてんの?」 興味を持った僕は画面をのぞいてみた。
『はーい、今日はバレンタインデーで賑わう街から中継です! オススメチョコ紹介の前に…次はDVD将軍のコーナーでーす!…』
テレビでは情報番組『殿様のブランチ』をやっていた。
あ、そうか…今日はバレンタインデーだった……
今年は会社が休みで、義理チョコすら貰っていなかったからすっかり忘れていた……。

「いただきまーす」
「いただきにゃーす」
ししゃもは手をあわせると鰺の頭にかじりついた。
ばりっぼりっ…と骨ごと噛み砕く音が聞こえてくるが、目だけは相変わらず画面に釘付けになっているようだ。
「ほら…余所見してるとこぼすぞ…?」
声をかけてあげても、ししゃもはテレビの方を向いたままで、しかたなく僕は頬についたご飯粒をとってあげた。
「んにゃ? あの黒いのなんにゃろう……?」
ししゃもが箸で画面を指さすと、次々と有名店のチョコレートが紹介されていた。
『…では、いただきまーす♪……おおおおおおいしいいいいいいいっっ!!』 
レポーターの女の子は、一口食べるたびに芸人かと思う程の大げさなリアクションをした。
「んにゃ…おいしそぅ……ごきゅ……」
ししゃもはうっとりした目でよだれを飲み込んだ。
「ん? チョコレートだよ、今日は好きな人にそれをプレゼントする日だよ」
途端にししゃもの大きな目がキラキラと輝く。
「じゃあ、じゃあ、サトウもししゃもにチョコレェトくれる?くれる?」
「逆だよ、女の子が男にあげるんだ…で、男は3月にお礼をするんだよ」
「ふーん……じゃ、ししゃももサトウにチョコレェトあげるぅ!」
「はは、ありがとう、でもいいよ……だいたいチョコ買うお金なんかないだろ? 気持ちで充分だよ!」
ぼくはししゃもの頭をわしゃわしゃと撫でた。
ほんとは嬉しくて心にじわーっときた。 でも本当にその気持ちだけで充分だった。

そのとき僕の携帯が鳴った。 着信番号は…上司の風尾課長からだった。
「はい、佐藤です…」
『あ、休みの日に悪いんだけど…今、時間あるか?』
「…なんですか? 嫌な予感がするんですが……」
『ちょっと急ぎの件でな、手伝ってほしいんだ……』
「…わかりました……会社に行けばいいんですよね?」

ぼくは電話を切るとパジャマからスーツに着替えを始めた。
「んにゃ? いまからしごとぉ?」
「そうだよ……でも、なるべく早く帰るから大人しくしててな」
「…にゃぁん……」
ししゃもは寂しそうにそっぽを向いた。
そんな仕草をされると、つい後ろから抱きしめたくなる。
「…じゃあ…いってきまーす」
しかし、そんな想いを振り切るように僕は扉から出て行った。

「…つまんなぁいにゃー……んにゃ?」
『…それではメモのご用意を! 誰でも簡単に作れる手作りチョコの作り方です♪』

「遅くなりましたぁ」
僕はオフィスに入ると強引、強面、やり手で鳴らしてそうな色黒な中年男性、風尾課長に声をかけた。
「あー、ほんとに悪かったな…早速なんだけど今日中にこれの編集お願いしたいんだが」
僕の机の上にはプレゼン用の資料がどっさり山のように積み上げられていた。
「……こ、こんなにですか……」
「お、いかんいかん… 約束の時間だ… じゃ、あとよろしく!」
風尾課長は上着を着てオフィスから出て行こうとした。
「え!? 課長っ! そんなぁ!!」
「まあまあ…どうせバレンタインの相手なんかいないんだろ?」
「……いえ…まあ…」
なにも言い返せない…ししゃもは…飼い猫だから…違うんだよな……
そして風尾課長は扉の前でくるっと振り向いて、
「あ、これ義理チョコ!」
そう言って小さい包みを僕めがけて投げつけ、包みは僕の額にスコンと音をたてて当たった。
「いたっ! ……課長…男からもらっても……」
「カカカ、きのうキャバクラの娘からもらったやつだよ! カロリーとってがんばれ!」
豪快に笑いながら出て行く課長の後姿を見送りながら、僕は資料の前でため息をついた。

やっぱり帰りは遅くなってしまい、僕はそっと部屋の扉を開いた。
「…ただいま……」
「…おかえり……」
何故かししゃもはいつものように飛びついてこない。
「どうした? 元気ないのか?」
僕は、背を向けて座っているししゃもの顔を覗き込んだ。
「…! ししゃもっ! な、なんだその顔はっ!!」
僕は思わず大きな声を出してしまった。 
ししゃもの顔が褐色に塗られていて、まるでガングロの様になっていたのだ。
「ふにゃ……?」
「あれ? …カカオの香り……?」
ししゃもの顔をよく見てみると…顔や手足に付いているのは溶けたチョコレートだった。
「…あのね、あのね、ししゃも…サトウにてづくいチョコレェトつくってたにゃ……」
「え……手作り?…まさか……」
嫌な予感がしてキッチンを見渡し…腰が抜けた……想像以上の惨状となっていたのだ。
壁のあちこちに溶けたチョコが飛び散り、床にはグラニュー糖やナッツ類が隅々までぶちまけられ、生クリームの鍋はぐらぐらに煮立って吹きこぼれたまま焦げ付いていた。
最悪だったのは、電子レンジの中に包装の銀紙ごとチョコを何枚も入れたらしく、煙と火花をあげて完全に壊れていた。
「……やられた…」
休日出勤で疲れきった身体に、この光景はカウンターアタックだった。

「…にゃ……ごめんなさいにゃ……いっしょけんめ、てづくいしたけど…しっぱいしたにゃ……」
僕のひきつった顔の前で、ししゃもは泣きそうな目をして俯いた。
「…あ! 材料はどうしたの??」
まさか盗んできたわけじゃないよね…
「にゃん……街のカフェ屋さんでお手伝いして……チョコのざいりょう…わけてもらったにゃ」
「あ、リエちゃんのお店か……」
実は近くのカフェでアルバイトをしている、リエちゃんという女の子が上の階に住んでいたのだった。
 な ん て 都 合 が い い ん だ ろ う 。

「でも…どうやってもうまくいかないにゃ……それでね、それでね、何度もしっぱいしたら……かなしくなってきたにゃ……」
ししゃもはぎゅっと僕の胸にしがみついてきた。
「サトウ……なでなで…してくれる?」
僕はししゃもの頭をやさしく撫でて、ネクタイをはずした。
「よし…! ぼくも手伝おうか? むかーしやったことがあるんだ」
「ほんとぉ!? にゃあ!」
そして僕らは残り少ない材料をうまくつかって、手作りチョコを作り始めた。

【佐藤さんの100秒クッキング】
まず…刻んだチョコを、沸騰直前まで温めた生クリームで溶かして…ちょっと香り付けにラム酒をたらして…。
で、少し冷めてやや固くなったら、スプーンで一口ぶんずつすくってラップを敷いたお皿に並べる。
それを冷蔵庫で30分冷やすっと…。 ししゃも、その間に台所を片付けよ?
よぅし…そろそろいいかな? これで中のガナッシュが出来た… で、それを…ししゃも、手で丸めてごらん?
そうそう、上手上手、ちゃんと丸ぅくね…その間に僕はコート用のチョコを湯煎で溶かしておくか……。
ししゃもの方はできた? じゃあ溶かしたチョコを手に塗って…こらこら舐めるなって。
チョコを塗った手で、ガナッシュの表面をコーティングするように転がすっ……と。
最後にココアの粉をまぶして……トリュフのできあがりっと! 簡単だったろ?

トリュフは全部で6個しか出来なかったけど、ししゃもは両手で大事そうに持ち、キラキラした目で眺めていた。
「ふにゃあ…ししゃもが…ししゃもがつくった……チョコレェト……v」
とは言っても……ししゃもは手で丸めただけで、ほとんど僕がつくったんだけどね。

「ふにゃ♪ あーんv ししゃものチョコおいし? ねぇねぇおいし?」
「うん、すごくおいしいよ」
僕の膝の上で、ししゃもはにこにこしながら僕にトリュフを食べさせてくれた。
一粒一粒、食べさせてくれるたびに「おいしぃ?」と同じ質問を聞いてきた。
出来上がったのは深夜になっちゃったけど…ししゃもの笑顔が見られて良かった…。
「(ぱり…っ)あれ? ナッツが入ってる?」
「うん、リエちゃんがおしえてくれたんだよぉ! お団子にするときに入れたの♪」
「へえ、いつの間に…おいしいよ♪ (ごりっ) …ん!?」
……なんかちょっと固い……殻付きか?
ぷっと手の中に出してみた……なんか黒い羽のようなものが…
おそるおそる僕は…口の中に指を入れて歯に挟まった物体を取り出した……

「にゃん♪ そいえば、ひとつだけ走り回る真っ黒アーモンドがいたにゃ!」

僕の目の前に…出てきたのは……台所でおなじみのあいつだった……

<みなさまも幸せなバレンタインデーを過ごされたことをを祈りつつ、了>
(食事中のかた、ごめんでした)

トップへ 動画 アダルト動画 ライブチャット