第4話


12月も半ばを過ぎると世間は慌しくなってくる。
僕の勤める会社も緊張感が漂い、みなせかせかと右往左往している。
「佐藤くーん、この伝票の打ち込み大至急ー!」
「は、はーい!」
モモコさんもテキパキと仕事を振り分けながら、忙しそうにPCにかじりついていた。

…あの一件から3週間ほどたった…会社を休んだ翌日にきちんと謝ったが、モモコさんは、ふふと笑ってそれ以上何も言ってこなかった。 仕事の面でも普段どおりで、もちろん社内に噂の「う」の字すら出てこない。
まるであの夜の出来事は『無かった事』になっていた。
そんな風に振舞うことのできるモモコさんって大人なんだな…なんて素直に思った。

「…佐藤くーん、さっきの終わった?」
「は、はいっ! もう少しですっ!」
はっと我に返ったぼくはキーボードを急いで叩く。
気がつくと部署には僕とモモコさんの二人だけが居残っていた。
「はぁぁあ…もうすぐクリスマスだってのに…仕事ばっかでいやんなっちゃう…」
溜息をつきながら、モモコさんは独り言のように言った。
「ねぇ、佐藤くんはクリスマス予定あんの?」
「え!? …いえ……あの…さほど…です…」
とっさに言われて奇妙な答え方をしてしまった。
「……なんか読みにくい回答ね…」

モモコさんは立ち上がり、僕の席の近くにやってきた。
「佐藤くんは家に子猫ちゃんがいるからねぇ…夜遊びできないっか……」
「あ、ええ…す、すみません……」
僕の肩に寄りかかり、モモコさんは後ろから画面の中のぼくの顔を見つめる。
僕はそんなモモコさんの顔が見れず、必死にキーを叩く。

「ねぇ…佐藤くんちの猫って…二本足で歩いて言葉喋るんでしょ?」
がっしゃあんっ!
思いっきり椅子から転げ落ちた。
「モ…モモモコさんっ! な、なぜそれをっ!!」
汗が吹き出る。 視界がちかちかする。 心臓がダッシュする…。
いつ見られた? 会社につれてきたことなんかないし…夜の散歩も深夜に近所を回るくらいだし…
頭がパニックを起こし、僕は床にしりもちをついたまま口をぱくぱくした。

「……やっぱりね…でも、そんなに派手なリアクションしなくてもいいじゃない…」
モモコさんは冷ややかな目で僕を見下ろしながら、寂しげに呟いた。
「…え? ……え?え?……?」
やっぱりって?
「…彼女と同棲してるんでしょ? ほんとは付き合ってる人いるんでしょ?」
僕は自分の勘違いに耳まで赤くなった。
「…ち、違いますっ! 猫なんです! ほんとにほんとに…猫なんです!」

モモコさんはにこっと微笑んで僕に手を差し出してくれた。
「うん、もういいよ?……今まで聞けなかったけど…なーんとなく、そんな気してたから」
僕はモモコさんの手を借りて立ち上がりながら、ある決意をした。
「モモコ先輩……本当のことを…お話しします……」
椅子に座りなおして、真剣な顔でモモコさんに言った。
勘違いされたまま……このまま過ごしたくない…
モモコさんを傷つけたのなら…ほっておけない……
きっとモモコさんなら…信じてくれる……僕は確信していた。

「本当のこと?」
モモコさんは僕の隣の席に座り、デスクに頬杖をついて足を組んだ。
「実は…ある日突然…うちの猫は人間になってしまったんです…」
「…へえ……」
「女の子の姿になってしまって…言葉も…少しずつですが話すようになりました……」
「…すごぉい……」
「でも…まだまだ猫の頃の癖がぬけなくって…毎日世話が大変で……」
「…それは大変ねぇ……手伝えることがあったら…なんでも言ってね…」
「せんぱぁい! ありがとうございます!」
僕は感謝の気持ちが胸に溢れ、モモコさんの手を握ろうとした…

ばきいッッッ!!!!

僕の左の頬にモモコさんの拳がめりこむ。
身体は椅子ごと吹き飛んでいき、デスク間のパーテーションを次々となぎ倒す。
「……う……ぁぅ…つぅ………」
崩れた書類やファイルの束に埋もれながら、僕はどうにか顔だけ弱々しくあげると、モモコさんはまだ拳を握り締めて立っていた。
「もぉ…ばかにすんのもいいかげんにしてっ!! 最低ッ!!」
モモコさんの怒鳴る声がオフィスに響く…
そして…僕を睨むその目からは…ぽろっと涙が流れていたんだ…。

そのままモモコさんは出て行ってしまった。 たぶん今日はここにはもう帰って来ないだろう。
左頬がじーんと痛くて…熱い……。
僕は立ち上がるとメチャクチャになった職場を片付け始めた。 たぶん終バスまでには帰れるかな?
片付けながらぼんやりとモモコさんの泣き顔を思い出していた。
そして自分の情けなさに落ち込んだ。 でも涙は出てこなかった。

一方、モモコさんは既に会社から飛び出して、寒風の中を黙々と歩いていた。
出てくるときにコートだけを引っ掴んできたので、コートの下は会社の制服のままで身体が冷えてきている。
肩を縮めてコートのポケットに手を入れたら、指の付け根の関節に痛みが走った。
「…いたっ!?……んもぅ……」
見てみると、右の拳が痛々しく赤く腫れている。 溜息をついた。
もう電車に乗る気力もなく、電話一本でどこへでも送ってくれる便利な友人に連絡をとろうとした。
「…あれ?…携帯??」
バッグの中やポケットをまさぐって調べる。
しかし、『便利な男友達』のメモリーが100件以上入った携帯電話はどこにも無かった。
…もぉ最低…と思いつつ、彼女は電話BOXを探した。

「…あれ? 確かこれ…モモコさんのだ…」
修羅場の痕の職場も大体片付き、そろそろ帰ろうかと見わたすと、デスクに置きっ放しの紅い携帯電話を見つけた。
手にとってみると、いきなり大音量で『h@ppy choise』の着メロが流れだした。
「わあっ!」 ぴっ
驚いて思わず通話ボタンを押してしまったではないか…。
『…もしもーし……誰ぇ? それあたしの携帯なんだけどぉ……』
掠れた電話音声だが、確かにモモコさんの声だった。
「…あの…ごめんなさい、佐藤です…」
なんで謝るのかわからなかったけど、僕は返事した。

携帯から少し沈黙の後、モモコさんの声が返ってきた。
『……なぁんだ会社にあったのね…携帯……』
とたんに冷たい口調になった。 あんなことの後だからあたりまえか……。 
『じゃあさ、佐藤くんちっておかか町の2丁目でしょ? あたし取りに行くから…バス停で待ってる』
「え!? こんな時間に?」
『わたし、携帯無いとダメなタイプなのよ…受け取ったらさっさとタクシーで帰るから』
「わ…わかりました…すぐに行きます…」
『じゃあ後で、あ、それからメールBOXとか番号メモリーとか勝手に見たら殺すからねー』 ぷちっ
一方的に喋られて切られてしまった……気のせいか…最後、殺す…って? いや、言った、確かに言った。
僕は背筋に寒いものを感じながら、急いで帰り支度を済ませた。

そしてモモコさんはおかか町2丁目バス停のベンチに座って待っていた。
時々強い風が吹き、その度に身を縮める。
「…寒っ! ぅー…さっさと来ないかな…」
終点にも程近い住宅地の真ん中にあるバス停だった。
辺りは真っ暗で、待つまでの間、暖がとれそうなコーヒーショップなどはもちろん、コンビニすら見当たらない。
その時、バス停に16歳くらいの女の子が現れた。
栗色のショートヘアにヤンキースのキャップを被り、つばの下から大きな目が覗いている。
服装は、男物のグレーのパーカーにダークグリーンのカーゴパンツを腰に引っ掛けるように穿き、だぶだぶの裾からスニーカーをのぞかせていた。

その娘は同じベンチの端にちょこっと座り、バスを待っていた。
思わず目が合ってしまい軽く会釈する。
同じ女性であるモモコさんが見ても、へぇ…かわいいじゃない…と思わせる魅力があった。
「こんばんわ、ふふ…寒いね……」
「こんばんにゃ! さむいですねぃ!」
女の子はにこっと笑ってはきはきと答えた。 てっきり今どきの無愛想な娘だと思っていたが違っていた。
「今からバスに乗るの?」
「んーん、迎えに来たの!」
そんなことを話していたら、やっとバスがやってきた。 乗降口から幾人かが降りてきて最後に佐藤の姿が見えてきた。

【5分ほど前です】
ふぅ…やっと次のバス停か……どんな顔してモモコさんに会っていいかバスん中でずっと考えていたけど…
とりあえず普通に渡そう。 今は下手に謝ったりしないほうがいいかもしれない……。
まだ痛いな…冷却シートを頬に貼っているけど…。

『♪〜次はおかか二丁目、おかか二丁目、急停車する場合がありますので吊革や手すりに…』

あ、バス停が見えてきた……モモコさん居るかな? 周りが暗くってよく見えない…
そしてバスがゆっくりと停まり乗降口が開くと、すぐ前でモモコさんは待っていた。
腕を組んで少し不機嫌そうだ……僕は急いでバスから降りた。
「遅くなってすみません! これ、携…」
携帯電話をを差し出した瞬間

「おっかえりーっ!!」

いきなりモモコさんを遮るように女の子が飛びついてきた。
「! し、ししゃもっ!?」
「今日もおそかったねい♪ ししゃも迎えにきたよ!」
ししゃもは周りを気にせず嬉しそうに僕の頬や顎を舐めている。
ししゃもが僕を迎えに来るなんてはじめてだった。
本当だったらすごく嬉しかったはずなんだけど…タイミングが悪すぎだ…

「こらっ! やめろって! 」
必死に剥がそうとしたがししゃもは言うことを聞かない。
横目で恐る恐るモモコさんを見ると…
「・・・・・・・・・・・・・・・」
モモコさんは携帯を受け取るための片手を差し出したまま、見事に凍り付いていた。
「モ、モモコ先輩……」
バスが去り、力まかせにししゃもを離すと、僕はモモコさんにやっと携帯を渡すことができた。
携帯を受け取るとモモコさんは頬を引きつらせながら言った。

「…ずいぶん若い彼女じゃない? わざわざ彼女ここに呼んで、わたしに見せつけたわけ?」
「いえ…ち、ちがうんです! 彼女は彼女じゃなくて飼い猫なんです!」
「なにわけわかんないこといってんのッ!!」
間にししゃもがひょこと顔を出す。
「にゃ? けんかいくないよぉ…?」
「ししゃも! 黙ってなさい!!」

「どうみても十代じゃない…そんな娘連れ込んでなに考えてるの!?」
「うん♪ バス停で拾ってくれたんだよぉ」
「余計なこというなあっ!!」

「…もういい…わたし帰る……はぁ……」
モモコさんは僕たちに背を向け歩きだした。
「モ、モモコさぁん……」
彼女はくるっと振り向き、ありったけの罵声を僕に浴びさせた。
「気安く呼ぶなッ! このロリ男!!」

がぁん! その時僕は、まるで全てが終わったような表情になった……

その時、一層強い風が吹いて、ししゃものキャップが煽られて夜空に舞い上がった。
「んにゃあ!」
ししゃもは素早くバス停前のブロック壁を蹴って飛び上がる。
そして、空中でつばの部分を口で銜え、一回転して着地した。
ほんの一瞬の出来事だった。

「あ…?」
とっさのことで僕は呆然と見ているだけだった。
「……今の……なに?……」
モモコさんにも今のサーカスもどきを目撃されてしまった。
しかも…もっとヤバいことに栗色の髪の間から猫の耳が丸見えになっていた。
「ししゃも! は、早く隠して!!」
僕は慌ててししゃもを捕まえてキャップを被らせる。
見られたかどうかはわからない…
「…モ、モモコさん、また明日会社で! お疲れ様でした!」
もうわけがわからなくなった僕はししゃもを抱きかかえるようにして走り去った。

「………ね…猫…??」
すべてを見てしまったモモコさんは、しばらくその場を動けなかった。


やっとアパートにたどり着いた…もう心臓が破裂しそうだ……
僕はスーツも脱がず、敷きっぱなしの布団に倒れこんだ。
ししゃもはまだ僕の腕にしがみついている。
「サトウ? はじめてのお迎えー楽しかったにゃ♪」
ふぅ…と溜息が出てくる…こんなはずじゃあ……
しかし、ししゃもはそんな僕の気持ちもわからず目をじっと見つめながら『褒めてサイン』を出している。

「うん…よく出来ました…いいこいいこ…」
僕は頭を撫でて、喉をくすぐってあげた。
「にゃんv ごろごろごろごろ……」
ししゃもは僕の腕の中で、気持ちよさそうに大きな目を細める。
「ししゃもは…サトウだいすきだよぉ…」

僕は泣けてきた…こんな僕でも好きといってくれる…
飼い主と飼い猫の関係…そんなものどうでもよくなってきた……
僕にはもうししゃもしかいない…… 
僕はししゃもをぎゅっと抱きしめた。

<続く>

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